斎藤貴男「レジスタンスのすすめ」
透けて見える星条旗
さいとう・たかお 新聞・雑誌記者を経てフリージャーナリスト。近刊「『マスゴミ』って言うな!」(新日本出版、2023年)、「増補 空疎な小皇帝 『石原慎太郎』という問題」(岩波現代文庫、2023年)。「マスコミ9条の会」呼びかけ人。
自民党が「国旗損壊罪」を創設する法案を準備している。今国会での成立を目指しており、施行されれば、故意に日本国旗を傷つけたり、その様子をSNSなどで公開した者は拘禁刑や罰金に処せられるという。
筆者はもちろん大反対だ。ただ、内心の自由や表現の自由との兼ね合いについては、すでに多くの識者が論じてもいるので、本稿ではそれらと異なる思いを吐露したい。
国旗国歌法とか、愛国心の涵養(かんよう)を掲げた改正教育基本法とか、この手の法制化が進められるたびに考える。自民党は、時の政権は、よほど自信がないのだろうな、と。
なぜって彼らがニッポン、ニッポンと叫べば叫ぶほど、それとは対極にある現実が際立ってしまう。すなわち主権国家とは程遠い、アメリカのほぼ完全な属国としての日本の姿である。
とめどない軍拡も集団的自衛権の行使容認も、階層間格差を拡大し続ける構造改革も、みんな米国の意向に従った結果だ。政府や自民党が本気で愛国心に満ちた国を築きたいのなら、何よりもまず、傀儡(かいらい)でしかない己ら自身のあり方を根底から改める努力から始めるのが筋だろう。矛盾だらけの強制力とは何をかいわんや。
筆者はもともと、日の丸も君が代も嫌いではなかった。歴史は連続していて、途中でぶった切ることができない以上、血塗られた一時期があったにせよ、それを教訓とするためには、そのまま国旗や国歌であってもらったほうがいい、とも考えてきた。
だが高市早苗政権の下、米国の戦争に自衛隊が差し出され、国を挙げて参戦することになる可能性がかつてなく現実味を帯び、だからこそ国旗損壊罪だという流れはいくら何でも許しがたい。日の丸の裏地に、ホラ、星条旗が透けて見えてしまっているではないか。