守屋 真実 「みんなで歌おうよ」

                     


 もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 

                   


 世界はひっくり返っている!と思うことが続いて起こった。
 5月18日、韓国では光州事件を追悼する日である。あろうことかこの日に、韓国のスターバックス・コーヒーが新しいタンブラーの宣伝として「タンクデー」というキャンペーンを始めたというのだ。この「タンク」とは戦車のことだ。軍事独裁政権が戒厳令を敷き、軍隊が民間人を弾圧し、虐殺した日にジョークでは済まされないネーミングだ。すぐに不買運動が起きスターバックス社はキャンペーンを取りやめ、CEOは解任されたそうだ。でも、キャンペーンを始める前に『このネーミングはまずいんじゃない?』という人はいなかったのだろうか。
 6月2日には、サッカーワールドカップに遠征する日本チームの壮行会に、長友佑都選手が日の丸に闘魂と書かれた旧特攻隊のような鉢巻をして現われた。集合写真では、ひな壇に並んだ選手一同が寄せ書きされた日の丸を持っている。まるで戦争中に出征兵士を見送ったときのようだ。この鉢巻姿に対してネットやSNSで賛否両論があったが、否定的な意見でも「ひとりだけ目立ちすぎている」といった批判ばかりだった。戦争で被害を受けた国の人々の気持ちに配慮しなさいという人はいなかったのだろうか。
 さらに6月12日には小泉防衛大臣がインドネシアを訪問し、プラボウォ大統領に旧日本海軍の戦艦三笠の模型を手土産に贈ったという。1942年から45年に日本軍がインドネシアを占領し、軍民合わせて約400万人の犠牲者を出したというのに。さすがにこれに対しては野党の議員から「歴史を知らなすぎる」といった非難の声が上がったし、女性週刊誌にも「壊滅的センス」と酷評されたが、マスコミにはほとんど取り上げられていない。
 歴史に対する無知が原因なのか、他者に共感する能力がなくなっているからなのか、その両方なのか。でも、振り返ってみれば、このような無知や無教養、無神経に基づく問題が起きたのは最近のことばかりではない。イギリスのBBC放送が二重被爆した山口彊さんを笑いものにしたともとれるクイズ番組を放送し物議をかもしたのは、まだ私がドイツに住んでいた時だから2010年だったと思う。2019年には、BNK48というタイのアイドルグループの一人が、ナチスのハーケンクロイツが付いたTシャツを着てリハーサルに臨み非難を浴びた。(この件は在タイイスラエル大使館の抗議に対して本人が謝罪し、以後ホロコースト啓発活動に参加することで終息した)23年にはアメリカ映画「バービー」と原爆開発者「オッペンハイマー」のイメージを合わせ原爆のきのこ雲を模した画像が使われ抗議が殺到したし、24年には人気ロックバンドMrs Green Appleの「コロンブス」というアルバムの画像が先住民を類人猿のように描いていることで広告放送が停止になった。もうずっと前から世界はひっくり返ってしまっていたのかもしれない。私たちが気付かなかっただけで。
 6月も後半に入って、新聞に小さな記事を見つけた。韓国のスターバックス社がある一日、国内すべての店舗を15時閉店とし、その後社長以下すべての従業員が韓国現代史の学習会に参加するということだった。さすがは韓国!市民の力で軍事独裁政権を倒し、その苦闘の歴史を文学や映画や音楽で若者に伝えてきたから不買運動が起き、大企業に迅速で的確な対応をとらせたのだと言える。間違ったと気付いたら直ちに謝罪し、速やかに同じ失敗を繰り返さないために学び直させる、市民がそういう力を持つ社会を「復元力がある社会」というのだ。
 予備自衛官等兼業特例法、国家情報会議がすでに成立してしまった。国旗等損壊罪も憲法九条も非核三原則も危うい。私たちの国も復元力を発揮しなければならない。戦争の悲惨さを、治安維持法時代の恐ろしさを子どもや若者たちに語り継ごう。若者に嫌われても、疎まれても、おかしいことには声を上げる。それが大人の義務だ。