「盛岡だより」(2026.5 

 

       野中 康行 

  (日本エッセイスト・クラブ会員・日産火災出身)


                                 

                                  時代のテーマソング

 

 

                                       テーマソングとは主題歌のことで、その楽曲は、作品の内容と深く結びついている。

 「時代のテーマソング」というものがあるとすれば、ベトナム戦争(1955~75年)当時の平和を求めて歌われた「反戦フォークソング」や、1980年代の「アフリカの飢餓救済」を目的としたチャリティ・レコードがそれであろう。

 

 そのチャリティ・レコードの代表は「WE ARE  THE  WORLD(作詞・作曲:マイケル・ジャクソン ライオネル・リッチー)」ではないだろうか。

 1984(昭和59)年、ロンドンに37人のアーティストが集まり、「バンド・エイド」というチャリティ・プロジェクトを結成、アフリカの飢餓救済を目的にしたチャリティ・レコードを制作した。イギリス国内だけで375万枚も売り上げ、1980年代を代表する一曲になった。これに刺激を受けて立ち上がったのがアメリカのハリー・ベラフォンテ(1927~2023 歌手・俳優・社会活動家)だった。彼が、全米のトップ・アーティストに呼びかけ、45名が一堂に会して生まれた歌が「WE ARE  THE  WORLD」である。

 1985年、世界中の8000以上もの放送局が一斉にオンエア、あっという間に世界のヒット曲となった。アメリカでの売り上げは6300万ドル。その印税すべてが寄付されたという。

 この歌は、世界トップクラスの歌手が交互に歌い、最後に合唱となる楽曲である。それぞれのパートを歌う男性、女性の声も魅力だが、快いテンポとリズムが聴く者に勇気を与え、リスナーを合唱に誘い込むような魅力があった。テレビやラジオからよく流れたものである。

 

 そのころ、北極の氷が減り、南極に雨が降り、氷河が後退始めたことが話題になった。台風やハリケーンが大型化するなど異常気象が世界中で多発するようになり、生態系への影響が世界各地で観測されるようにもなった。科学者はその原因が「地球温暖化」によると突き止め、対策の緊急性を訴えていた。

 この楽曲がリリースされた1985年は、二酸化炭素などによる「温室効果ガスの地球環境への影響」を議題にした初の国際会議(オーストリア・フィラハ)が開催された年でもある。会議では「21世紀半ばには人類が経験したことのない規模で気温が上昇する」と発表され、それを防ぐために各国は協力して取り組まなければならないと宣言した会議でもあった。

 この会議を機に、地球の温暖化問題は「人類の生存に関わる課題」として世界で共有され、対策の国際的枠組みがつくられていく。アフリカの飢餓を救おうとしたこれらのチャリティ・レコードもその流れの中に合流し、その「テーマソング」になっていったのである。

 

 「地球温暖化対策」は加速するかのように思えたが違った。

「温暖化はデマだ。詐欺だ」だと言って、世界の流れに水を差す大統領候補がアメリカに現れ、2016年、そのドナルド・トランプが大統領になった。流れのスピードが鈍ったが止まることはなかった。

 気候変動による災害は世界中で発生し、深刻さを増している。日本でもイノシシ、ニホンジカの生息域が変わり、農作物の生産地が北上し、近海で捕れる魚種も変わった。チョウや高山植物の絶滅が危惧され、夏は風水災が多発し人間の命さえ危険な気温になっている。自然が壊れていく。誰の目にもそれは明らかである。

「地球温暖化」の進行は「人類生存の危機」の進行でもある。それを止める取り組みはますます重要さを増し、喫緊の課題になっているはずである。なのに、2期目に入ったトランプ大統領は、今年の1月7日、ついに「国益に反する国際組織・協定・条約からの脱退」を発表した。対象は、66の国連組織と国連以外の国際組織だという。世界がひとつになって取り組もうとするほぼすべての組織、枠組みから抜け出そうとしているのである。

 地球の環境保全、人権保護、人道支援、これらが「国益」に反する? 組織への負担金支払いがいやだ? 

 ものごとを「損得勘定で」考えているトランプ大統領にはあきれてしまうが、アメリカのこの行為はこれまで築いてきた国際協力の流れを乱し、停滞させるだけである。

 「WE ARE THE WORLD」はこう歌う。

 

  ある呼びかけに耳を傾けるときがが来た 

  それは世界がひとつになる時だ

  死にゆく人々がいる その命に手を貸して

  偉大な贈り物である命のために……

  私たちは世界 私たちは子どもたち 

  明るい未来を作り出すのは私たち 

  さあ、それを始めよう……

 

 歌は、世代や国境を超えて共有できる倫理を一人称と複数の主語で歌っている。そのテーマは、連帯・共感・助け合いであり、困難に立ち向かおうと呼びかける時代のメッセージであった。

 あれから40年。かつてはあった連帯・共感・助け合いが世界から消え、そのことばさえ古臭くなってしまった。そんな今の時代だからこそ、「世界がひとつになろう」と歌う「時代のテーマソング」が必要である。

 

                        【『民主盛岡文学』第74号(2026.5)より転載】