真山民 現代損保考
しん・さんみん 元損保社員 保険をキーに経済、IT等をreport
米・イスラエルのイラン攻撃と戦争保険
(写真は損保ジャパンHPより)
損害保険の発祥地バビロニア
テクノロジーの進化を軸に包括的なトレンドを描いた『2030年すべてが加速する』(ニューズビック社)は、「現代の保険業と同じようなリスクベースの料金の設定を編み出したのはバビロニア人」と述べ、次のように説明している。
およそ4000年前、バビロニア人は、地中海で活動する商人(船主)がある条件で借金をし、その資金の提供者が条件付きで貸し付けに応じる。その条件とは、無事に航海が終了したときには、資金提供者に高額の利子を支払い、難破などで航海に失敗すれば、元本の返済が免除される。冒険貸借とか海上貸借と呼ばれるもので、船主に対する資金提供機能とリスクの移転という2つの機能が含まれていた。
イラン・イラク戦争に乗じて米国が覇権構築
バビロニアは、今のイラクを流れるティグリス・ユーフラテス両河の流域地方で、シュメール人が楔(くさび)型文字、60進法、1週7日などを特徴とする世界最古の都市文明を築いた古代メソポタミアの南部を指す(北部がアッシリア)。イラクの東隣の国がイランで、両国が石油輸出にとっての要所であるシャット・アル・アラブ川の領有問題をきっかけに争ったのがイラン・イラク戦争である。
この戦争によって、サウジアラビア、クウエート、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、オマーンが湾岸協力会議(GCC)を結成し、事実上の対イラン防衛協定を締結した。さらにGCCの後ろ盾としてアメリカが空母を恒常的にペルシャ湾に置くことに成功し、サウジには最新鋭のF15戦闘機を実戦配備した。こうしてアメリカはイラン・イラク戦争をも覇権の構築に利用した。
GCCの国々はイギリスから独立したものの、すぐさまアメリカの支配下に組み込まれ、欧米諸国のために石油と天然ガスの供給の役目を担わされることになった。
イランの核開発を敵視するアメリカ
核開発問題も同様である。イランには原子力にこだわる理由がある。他の新興国と同じく、市民生活の維持と経済活動の促進のため、製造業・工場への電気の安定供給が喫緊の課題となっている。そこでイラン政府が思い描いたのが自国産の原油を輸出し、コストも割安な(と考えた)原子力発電で代替する道であった。
だが、アメリカは頑なまでにイランを敵視し、核兵器開発がイランの最終目的ではないかとの疑いから2010年にイラン包括制裁法(CISADA)を施行し、欧州各国もこれに追随した。2012年には、「2012年度国防授権法」によって、非アメリカ系金融機関がイラン中央銀行と取引を行なった場合、アメリカ系金融機関と取り引きできなくなった。EUもアメリカに追随し、イランに対する核開発の制裁強化として、同国に銀行間の決済に必要なサービスを提供することを禁止した。
イランの銀行に照準を定め、送金などの国際間の金融取引のネットワークから締め出すことを狙ったのである。 度重なる制裁で困窮したのはイラン国民である。イランでは、海外との信用取引が減り、現金決済や第三者を介した取引が増加したため、取引コストが上昇し、物価が高騰した。非石油製品の輸出競争力も落ち、失業率も2024年現在7.8%と高めだ(若年層や地方の失業者はその2.5倍に達すると言われている)(『戦禍の欧州・中東関係史 収奪と報復の200年』福富満久一橋大学大学院教授著 東洋経済新報社)。
イランのホルムズ海峡封鎖と損保の対応
アメリカとイスラエルによる大規模で容赦ない攻撃で、いっそう追い詰められているイランは、革命防衛隊が3月2日にエネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡を封鎖した。米国などから攻撃を受けて瀬戸際に立たされ、航行する船舶を攻撃すると威嚇し世界経済に圧力をかけるという孤立を深めかねない捨て身のカードを切ったわけである。
イランのホルムズ海峡の封鎖を受けて、欧米の損害保険大手はペルシャ湾海域における戦争リスクの補償を停止した。
日系損保はどうか?東京海上日動火災など大手損害保険3社は、戦争で生じた船舶損害などを補償する「船舶戦争保険」で、保険料の上乗せエリアを中東で広げるか検討するとしている(日経 3月4日)。米・イスラエルによるイラン攻撃の情勢を見極めたうえで最終判断し、追加保険料の水準は損保と船舶会社との個別の交渉となる。
保険料を上乗せするのは「除外水域」と呼ばれるエリア。海運業者が除外水域を渡航するには契約する損保に通知して追加保険料を支払うことが必要になる。通知しなかった場合は補償の対象外となり、戦争による被害が出ても保険金を受け取れない。
日系損保は現在、イランやアラブ首長国連邦の水域を上乗せ対象としているが、イラン情勢を踏まえ、新たにカタールやクウェート周辺の水域を加えるか検討するという。
日系損保は船舶戦争保険を引き受けるために、英ロイズ保険組合に参加する再保険会社と再保険契約を結んでいる。この再保険会社などでつくる委員会はイラン情勢を踏まえ、除外水域の拡大を決め、その決定を受けて、日系損保が対応を検討している。
海外の損保の船主などの賠償責任を補償する船主責任相互保険組合(P&Iクラブ *注)に所属するガードやノーススタンダードといった損保大手は、既にイラン海域やペルシャ湾での海運業者の賠償責任を補償する保険の引受けを停止する通達を出した。
*注 P&Iクラブ 船舶運航に伴う事故や損害に対して、船主や用船者が負う賠償責任を補償するために設立された相互保険組合。通常の船舶保険や貨物保険、船員保険ではカバーされない責任や費用を補填することを目的としている。
DFCの200億ドル保険の提供
一方、トランプ大統領は、イランが封鎖したホルムズ海峡を通過するタンカーを米海軍が護衛すると表明した。ホルムズ海峡を封鎖し、通過する船舶を攻撃すると警告したイラン革命防衛隊に対抗し、米海軍を派遣して商業船舶の安全な輸送を支援する。
トランプ大統領はさらに、ホルムズ海峡通航船に対する米政府による保険提供の具体化に向けて動き出した。スコット・ベッセント財務長官と国際開発金融公社(DFC)のベン・ブラックCEO(最高経営責任者)は3月6日、200億ドル(約3兆1500億円)規模の再保険の実施計画について合意したと発表した。当初は船体保険と貨物保険を対象とする。アメリカ中央軍(USCENTCOM)と連携し、海上貿易への信頼性の回復、国際貿易の安定化を進め、中東で事業を行う米国と同盟国の企業を支援する。
英保険市場のアンダーライター(保険引受業者)などで構成されるJWC(ジョイント・ウォー・コミッティー)が先頃、追加保険料が必要となる「除外水域」を拡大したほか、主要P&Iクラブ(船主責任相互保険)がペルシャ湾入域船への戦争リスク補償の一時停止を通告するなど、海運会社にとって保険面からもホルムズ海峡通航が困難になり、世界のエネルギー調達に深刻な影響を与えている。
そこで、トランプ大統領はこれらの機能を肩代わりする形で、「DFCによる再保険ファシリティー(引き受け枠)を設立する」ことを明らかにした。ただ、DFC自体は船体・貨物保険のノウハウを蓄積していないため、DFCが個別に直接保険契約を締結するのではなく、民間保険会社が引き受けた保険などについて再保険を引き受ける形を想定している。
DFCのブラックCEOは「DFC保険は他の保険では提供できない水準の安心感を提供する。この再保険計画により、石油・ガソリン・LNG(液化天然ガス)・ジェット燃料・肥料などがホルムズ海峡を通過し、再び世界へ供給される」と強調した。
DFCは2019年に、従来の海外民間投資公社(OPIC)と開発信用機関(DCA)が合併して設立された。グローバルな開発支援と米国の外交政策、米納税者へのリターンという3つの目標実現を掲げ、官民の投資資金を途上国に投じ、途上国の3000万人以上の住民を支援する投資を展開している。インパクト投資によって、米国の外交政策と合致する途上国と投資分野に的を絞ることで、米国の投資家と投資先の投資家に利益の機会を提供するとしている。
DFCは、言ってみれば、中国の中南米やアフリカなど開発途上国に対する多様な資金を提供している「一帯一路」路線に対抗し、巻き返しを狙って活動している組織ともいえる。イランの原発がロシアの援助で稼働していることと併せ、イランをはじめとする中近東、アジア、アフリカの諸国は、米中ロの大国による経済・軍事力の拡大のしのぎ合いの場になっている。
そのような場で、日本が軍事、外交、経済にわたって、アメリカに過度に協力していくことが、どのような災いを招くことになるか考えなければならない。