暇工作 「日本は収奪的社会」

ひま・こうさく 個人加盟労組アドバイザー        


 「日本は生産性が低いから賃金が上がらない」という説がある。そうだろうか。暇は、その主張に対抗する河野龍太郎氏(BNPパリバ証券チーフエコノミスト)の見解に注目する。

 「大方のエコノミストは『日本も生産性を米国並みに引き上げれば実質賃金を上げられる』と主張するが、間違っている。日本は生産性が上がっていないから賃金が上がらないのではない。生産性が上がっているのに、実質賃金が上がっていないのだ」と河野氏はいう。

 河野氏の試算によると、時間当たりの労働生産性は、1998年を100とした場合、米国は2023年までに約5割上昇した。一方、日本は労働生産性が同じ期間に約3割上昇しているのに、実質賃金は98年以降上がらないどころか、低下さえしている。厚生労働省の毎月勤労統計調査結果によると、2025年の実質賃金は4年連続マイナスだ。

 低賃金なので、企業は設備投資をせず、安い労働力を使うようになる。国内経済は個人消費が増えず、売り上げは伸びない。そのため投資は海外へ向かう。

 典型的な「合成の誤謬(ごびゅう)」が生じている。経済主体がそれぞれ合理的な行動をした結果、全体の利益が損なわれるという現象だ。

 同氏は近年の賃上げにも触れている。「経営者は、インフレ(物価上昇)分だけベースアップを出せばいいと思っている人が多い。これでは実質ベースでベアゼロのままだ。だから5%台(定期昇給込み)で満足してはならない。米国のボーイング社は2024年、4年間で約40%の賃上げをした。そのぐらいしないと」

 長年の賃金抑制の背景にあるのが、「株主利益の最大化」を追求する企業行動への変化だ。

 人件費を削減し、利益を増やして自己資本を高め続けた結果、企業の利益剰余金(内部留保)は10年間で倍増し、600兆円を超えた。

 このコスト削減の最たるものが非正規雇用の多用だ。河野氏が着目するのが、2024年にノーベル経済学賞を受賞した、ダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンの論考――衰退する国家の制度は収奪的であり、一部のエリートが富を独占する。他方、繁栄する国家の制度は包摂的であり、幅広い人々が政治プロセスに参加し、権力が分散されて、自由競争と技術革新が奨励され、豊かさを分かち合うーーだ。

 彼らは、アメリカについて、「技術革新の果実が一部のトップに集中し、青天井の政治献金がまかり通って収奪的な社会が進めば、いずれ成長できなくなる」と主張する。

 では、日本は?『非正規雇用』というダークサイド・イノベーションを活用してもうける企業が増えている日本も、いつのまにか収奪的な社会になっているために成長できなくなっているのではないか。

 したがって、河野氏は「株主利益の最大化」ではなく、地域社会や従業員などステークホルダー(利害関係人)の利益を増進するという、本来の意味での「コーポレートガバナンス」が大切と指摘する。また、「(賃金が上がらないのは)労働組合の力がすごく低くなってしまっていることに尽きる。ここをひっくり返し、社会に対する関与も強めていかなければならない」と労働組合の社会的役割に期待する。