松久 染緒 「随感録」
まつひさ・そめお 元損保社員、乱読・雑学渉猟の読書人で、歌舞伎ファン。亥年生まれ。
原発は本当にいらない
津波などで2万5000人近い死者・行方不明を出した東日本大震災から先月3月11日で15年が過ぎた。今でも2万人以上が避難を余儀なくされている。甚大な被害をもたらしたが、政府は一向に反省したようには見えない。
放射性物質セシウム137の半減期は30年、ウラン238は45億年という。
原発が稼働するにつれて再生エネルギーは「出力制御」で潰されている現実があるという。原発は本当に必要なのか。化石燃料(石油+石炭+天然ガス)の輸入量は、財務省統計によれば原発がフル稼働していた2010年(事故の前年)と、東日本の原発がほぼ停止していた2024年比較で20%減少している。石炭は10%減、天然ガスは21%減、石油は36%減だ。原発の停止によるエネルギー不足は、省エネの推進と再生可能エネルギーの活用でとっくにカバーされているのだ。国民はこのことを果たして知っているだろうか。うかつながら私は知らなかった。再生エネルギーの比率は現在26%を超えるが、これを世界平均の34%、さらには原発を原則やめたドイツ並みの60%まで増やせば、原発どころか火力発電所の相当部分も不要になるという。
震災後の福島第一原発で、4号機の燃料プールの過熱は、隣接する貯水槽に偶然抜かれずに残っていた水が、仕切り版が壊れ流入したことで止まった。この偶然が無ければ首都圏の我々も避難を余儀なくされていたという恐ろしい事実も国民はどういうわけかなんら知らされていない。さらに政府機関が事前予知した大津波のリスクが、震災の前日の3月10日に発表されようとしていたのを、「原子力ムラ」がいかにつぶしたかということも。また第一原発に限って、非常用電源装置が冠水の危険があるような低い位置に置かれていたのが原因で、津波により電源喪失炉心溶融、メルトダウンとなったのだ。現に近隣の福島第二原発では溶融は起きていない。これは津波による天災ではなく東電による人災だろう。
これだけ深刻な被害をもたらした原発を高市内閣は「安全保障の強化」というお題目のもと、2011年の原発事故後、当時の政権の民主党は原発ゼロの方針をたて、自公政権になってからも可能な限り低減するといいながら、まっしぐらに原発回帰を進めている。じつは原発そのものは核抑止力の潜在能力を持つとされるがそれも嘘、現実は、ロシアによるウクライナ侵攻時にはチェルノブイリ原発、ザボリージャ原発を占拠したことから、その放射能の危険さからむしろ戦争になれば容易に攻撃のターゲットとなるリスクが大きいのだ。また2024年の日米韓の専門家による机上演習によれば、世界最大級の韓国の古里原発の使用済核燃料プールがドローン攻撃された場合には、日本で1000万人が避難を余儀なくされ、政府は避難用船舶・飛行機の手配、米国やアジア諸国に避難民の受け入れを手配する交渉を要する結果になったという。
ではなぜ原発推進に回帰するのか。その原動力は何か。たしかに河野太郎や石破前首相など原発に反対もしくは消極派もいるが、自民党政権は、原発を運営する電力事業者団体からの巨額の国民政治協会への政治献金、政治家のパーティー券の大量購入、選挙時における会社ぐるみの動員・応援というあいも変わらぬカネと癒着と汚職の構造を変えようとしないからだ。
食料の自給自足、エネルギーの自給・再生エネルギー活用など国民にとっての真の安全保障体制よりも、自分たちの現体制の維持確保が得意の一丁目一番地なのだ。後は野となれ山となれ、わが亡きあとに洪水よきたれの発想だろう。これでは国民はいつになっても救われない。
(参考:それでも日本に原発は必要なのか 潰される再生可能エネルギー 青木美希 文春新書)