今月の推し本
『民主主義の死角』鵜飼健史 朝日新書1027
岡本 敏則
おかもと・としのり 損保9条の会事務局員
著者の鵜飼氏は1979年生まれ一橋大卒業、専門は政治理論、現在は西南学院大教授。若者の政治離れが言われて久しい、選挙へ行くのは高齢者。選挙権年齢はどこまで下げられるか、O歳児からという議論もある。かつては、性別、年齢、税納入額などで選挙権は決められていた。「普選」、満25歳以上の男性に選挙権が与えられたのは1925年、女性参政権が認められたのは戦後1945年だ。日本国憲法で、選挙権は成年と規定され、公職選挙法で、選挙権は20歳、被選挙権は25歳と規定された。選挙権が18歳になったのは2015年だ。選挙権と、被選挙権の年齢の差は何か、なぜ18歳なのか、18歳以下にも選挙権を与えるべきではないか。それを拒むものは何か、歴史学、政治学、哲学、医学等、ギリシャ・ローマ時代からさかのぼり検証し、検討してきたのが本書である。民主主義と年齢、市民の資格とは。
◎SD(シルバーデモクラシー)とは=①高齢者の人口が多くその投票率が高い状況②政治が高齢者の利益を図るように行動する状態③社会保障費が増大し、国の財政が悪化している状態(堀勝洋2016年)。2月8日投票の衆議院選挙では、スタートアップ政党の「チームみらい」が躍進した。この政党はSDを根拠に高齢者を矛先にし若者の支持を集めた。
◎日本維新の会―O歳児に選挙権を=2024年5月、維新の会吉村洋文共同代表が衆院選の公約にO歳児への選挙権交付を盛り込む考えをしめし、波紋を広げた。維新の会は以前からこの案を主張していた。藤田文武幹事長―「日本では、高齢者の方が投票率が高いうえに、人口が多い。そうすると何が起こるかというと、政治家としても、票がたくさんある高齢者層に対して有利な政策をやりたくなってしまう。こういう弊害をシルバー民主主義と呼んでいます。ドメイン投票制度は何かというと『ゼロ歳から未成年の人にも投票券を与えましょう』というものです。ただし、たとえばO歳児は意思表示ができないので、保護者の方に一票を代行する権利があります。そうすると(政治家)の景色が結構変わって、子育て世代や、若い人の声をもっと聞いたらいいんじゃないかというインセンティブ(刺激・誘因・動機)が自然に働きますよね。子育て世代や、若い人の票の強さを制度として高めるのは、僕は今の時代にあっていると思います」。
◎鵜飼氏の反論=現実の政治に登場した代理投票の特徴をまとめておこう。それは子どもの権利を擁護し、子供の政治の実現を目指すもの、ではない。基本的には保守的な意図に基づき提案されている。それは子どもをもつ家族の優遇であり、それを理想的な社会の単位とするという意図である。そして、こうした家族から分厚い、実際に量的に分厚くされた票を獲得するという意図はあまりに明白だ。O歳児選挙権というかなり進歩的と思われる政策について、現実政治では、なぜ保守主義的な政党がより熱心に取り組むのか。代理投票を導入する意図が原理的ではなく政治的であるため、政党政治と結びついた社会情勢のあり方によって、その導入は容易に左右される。
◎年齢規定=(憲法が保障する)自由と権利を公共の福祉のために利用する活動を、広義の政治と理解したい。この政治は、国民によってなされ、それは国民の責任ですらある。憲法は国民を政治主体だと認識している。政治に関与する国民は、少なくとも一義的には、年齢によって定義される存在ではない。日本国民となるのは出生によってである。そのため国民による政治活動には、明示的な年齢制限はない。だからこそ、政治の特定分野、つまり、「選挙」における厳格な年齢規定の「異常さ」が浮き彫りになる。
◎「五日市憲法」(1881年起草)の規定=第83条で民選議員に関する選挙権を持たないものとして、女性、知的障碍者、精神疾患者、破産者などが列挙され、その中に未成年者も上げられている。第80条ではその被選挙権として、30歳以上の男子とされる。さらに、宗教家・教員・財産がないもの、「文武ノ常識ヲ帯ヒサル者」(文武の常識を備えていない者)も被選挙権から除外されていた。
◎世界の16歳選挙権=2024年6月に実施された欧州議会選挙では、ドイツ、オーストリア、マルタ、の3か国で16歳から投票が可能になった。ドイツでは、1990年代から州レベルで16歳選挙権が認められている実績があり、欧州議会選挙に関しては法改正によって選挙権年齢の変更が可能のため、与党の合意によりそれが実現した。オーストリア(2007年)とマルタ(2018年)では、すでに国政選挙で16歳選挙権が認められている。
◎16歳選挙権日本の現状=日本では選挙権年齢が公職選挙法で定められているため、自治体が独自に定めた選挙や住民投票を除き、16歳の選挙権は実現していない。自治体主導で中学生以上にはじめて投票権が与えられた事例は、長野県平谷村の合併に関する住民投票である(2003年5月11日)有権者総数530人のうち中学生は25人で、24人が投票した。全体の投票結果は「合併する」が74%、「合併しない」が25%だったが、いまだに合併は実現していない。
◎政治に必要な能力=まず理性について、例えば理性的な有権者なら、不祥事を起こした政治家や政党を支持すべきでないと判断するのが当然だ。しかし、他の政党よりましだとか、それでも安心を与えてくれるからとか、別の「理性的」な根拠によってこの理性的な判断が上塗りされることはありうる。こうなると、知っている顔だから信頼できる、見栄えがするから支持するといった別の「理性的」な判断と、理由の在り方の変質をなし崩し的に許すことになるだろう。さらに、ほんとうに有権者が理性的であったなら、自らの一票で結果に影響を与える余地のない選挙には参加せず、別の効果的な方法を模索した方がよいと考えるかもしれない。つまり、理性的であることが、何らかの根拠に基づき理に適った判断をすることと同義であるなら、理性は基準としては意味をなしていない。
#2月8日投票の衆議院選挙での、東京都における比例獲得票数と率。
①自民党2,243,625(33,1%)②中道1,119,155(16,5%)③チームみらい887,849(13.1%)④国民民主746,660(11%)⑤参政党427,028(6.3%)⑥共産党407,146(6%)⑦維新の会384,487(5.7%)⑧保守党209,329(3.1%)⑨れいわ179.614(2.7%)