斎藤貴男「レジスタンスのすすめ」


 

       

     デジタル教科書はバラ色か

 

 


 さいとう・たかお 新聞・雑誌記者を経てフリージャーナリスト。近刊「『マスゴミ』って言うな!」(新日本出版、2023年)、「増補 空疎な小皇帝 『石原慎太郎』という問題」(岩波現代文庫、2023年)。「マスコミ9条の会」呼びかけ人。


  

 いわゆる「デジタル教科書」が正式な教科書として採用されそうだ。紙の教科書の内容を電子化するもので、拡大表示や本文への書き込み、動画やグラフ作成ツール等々の学習支援機能も盛りだくさん。授業の効率化や理解促進に有効とされている。

 中央教育審議会の部会が9月に提唱した。文部科学省は来年の関連法制改正を想定し、次の学習指導要領改訂がある2030年頃には実行に踏み切りたい意向という。

 デジタル社会の実現を国策とする政財官界にとって、これは既定路線だ。だから採用の暁には個々の子どもに最適な学びが提供されるなどとの大宣伝が繰り広げられている。

 だが本当に、デジタル教科書がもたらすのは〃バラ色の未来〃なのだろうか。疑問だ。

 読売新聞社が政令市など全国90市区の教育委員会から回答を得たアンケート調査によると、デジタル教科書の正式な教科書化には、6割超の教委が「懸念」を示した。視力低下などの健康面、通信障害や端末故障時の対応、「書く」時間の減少…。総じて現状以上の〃デジタル漬け〃への不安が強い(11月18日付朝刊)。実際、スウェーデンやフィンランドなど、紙の教科書に回帰しつつあるデジタル教育〃先進国〃もある。

 読売新聞のデジタル教育嫌いは自民党政治との一体化で知られたナベツネこと故・渡辺恒雄氏の独裁時代以来だから、必ずしも評判がよくない。それでも筆者は、ことこのテーマに関する限り、同紙の論調を支持する。各教委の懸念は当然だし、何よりも子どもたちの思考がデジタルをつかさどるテック企業の価値観に染め上げられていく近未来を恐れるからだ。

 短絡的で無責任な発想、カネカネカネの拝金主義…。そんな子どもたちが社会の中枢を担う頃には、どうせ筆者は生きていないので、どうでもいいと言えなくもないけれど。