松久染緒  随感録 」


 

         トランプ関税の行方

  


まつひさ・そめお 元損保社員、乱読・雑学渉猟の読書人で、歌舞伎ファン。亥年生まれ。       


 トランプ大統領のニュースを見て、ついにここまでやるかとあきれ果てた。7月の米雇用統計で、景気と密接に絡む非農業部門の就業者数の伸びが前月比7万3千人増、コロナ禍以来最低の伸びで5,6月の就業者数の伸びが25万人超も下方修正された。これを受けてトランプ大統領は雇用統計を所管するエリカ・マッケンターファー労働統計局長を解雇したという。ところが本来部下を守るべき上司の労働長官が「心から大統領に賛同する」とこれがゴマすり野郎であきれる。雇用統計はいずれの国でも経済諸指標中、最も重要なものの一つで、米国がこれではなにをかいわんやという有様だ。

 いったい自分が気に入らないからと言って、現にそこにあるものを無きものとする、見たくないものは見ない、自分の意に沿わない言動をする人間・注意したり意見したりする人間は更迭する・去らせる これではまるで「ドラえもん」に出てくる「ジャイアン」である。

 ジャイアンの方がトランプよりむしろまともか? この伝でいけば、日本のかかえる1,000兆円の借金も無し、赤字国債頼みの国家予算も無し、社会保険・医療費の大赤字も無し、原発の悲惨な事故も原爆の被災さえ無しにされるということか。そうではないだろう。大金持ちはいざ知らず大多数の市民は安い給料から重い社会保険料、税金、その他が控除されぎりぎりの手取り額で暮らす現実が存在するのだ。トップ指導者?の自分勝手な思い込みに拘らず、現実を率直に受け止め苦労しつつもありのままに生きるのが現実の生活というものだろう。

 ところでジャイアン・トランプの悪行・暴言は、大統領選挙自体に不正ありとして抗議行動を扇動して連邦議会を占拠するなどの違法行為に始まって、不倫口止め費用の不正支出、グリーンランドをよこせ、カナダは51番目の米州にする、メキシコ湾はアメリカ湾と呼ぶ、パナマ運河を返せなどの無茶苦茶発言のほか、FRB(米中央銀行・連邦準備制度理事会)のパウエル議長に対し、利下げしないことのみを理由に退陣を強要するなど枚挙にいとまがない。自国の貿易赤字の解消と経済振興・減税を目的にした今回の一方的かつ強引な相互関税を世界中に押しつけるなどはその最たるものだ。そもそも関税は、世界貿易機関(WTO)のルールでは、一定の条件を満たさない限り勝手に関税を引き上げてはいけないことになっている。相互関税のように貿易相手ごとに異なる税率を設定することも本来許されない。違反があればWTOの紛争解決機関に訴えることができる仕組みだが、当の米国が「裁判官役」の人事に同意せずWTOを機能停止に追い込んでしまった。発足30年のWTOに現状、トランプ関税を差し止める力はなく、戦後の自由貿易体制をリードしてきた米国が自らルールを破り、その基盤を壊したのだ。はたしてトランプ関税は米国に何をもたらすのか。

 米エール大予測では米国の現在の平均実効関税率は既に20.2%でこれは1911年以来100年ぶりの高さ。中国などへの高関税があだとなり靴価格を40%、衣料品価格を36%上昇させた。インフレの開始である。関税による輸入品の値上がりが広範な物価高につながる最悪のシナリオ(インフレ)に神経をとがらすのがFRBだ。トランプは「愚か、まぬけ、遅すぎる男」などとパウエル議長をぼろくそだが、正しく現状を見ているのははたしてどちらか。さらにトランプ肝いりの大規模な減税法が成立し、米政府の財政赤字は今後10年で。3.4兆ドル(490兆円)膨らむ見通しだ。

 世界経済にもトランプ関税の不確実性が影を落とすのではないか。IMF(国際通貨基金)は25年の世界の経済成長率を3.0%と見込む。トランプ関税の展開次第ではこれがさらに0.2%低下し、一方世界の貿易量伸び率は25年が2.6%、26年が1.9%と、24年の3.5%から鈍化する見通しだ。 

 日米の貿易交渉は相互関税15%が7日発動のようだが、依然不透明な部分も多い。日本経済及び世界経済に及ぼすトランプ関税の行方は思ったよりも早く明らかになるような気がするが、なりふり構わず突き進んだあげく結果を前にしたその時のトランプの言動を見たいものだ。