今月の推し本

 『労働者階級の反乱 地べたから見たEU離脱』プレイディみかこ 光文社新書


                       

         岡本 敏則

 

    おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 

 今回は英国を取り上げる。2016年6月24日、世界に衝撃が走った。英国のEUからの離脱が国民投票で決まったからだ。その原動力は労働者階級だった。著者の名前を知ったのは、NHKラジオで金曜日夜9時から放送している高橋源一郎の「飛ぶ教室」であった。英国在の著者と源一郎とのやり取りは刺激にあふれるものでこの人は本物だと実感させられた。著者は1965年生まれ、結婚と同時に英国南部のブライトンにある公営住宅の一つに住んでいる。ブライトンは生粋の労働者の街だ。地方都市の昔ながらの公営住宅は、白人の英国人の居住者の割合が非常に高い。流行りの映画やドラマに出てくるような、黒人の少年たちがクールに歩道でラップしているロンドンの公営住宅とは違う。著者自身も地元で保育士として働いていて、政権や政策が変われば、最もダイレクトにその影響を被る。著者の配偶者は、ブライトンの出身ではなく、ロンドンのイーストエンド(貧困層、移民層が多く住むロンドン市街東側の地区)の労働者階級の街で生まれ育った。だから、自然と彼の友人たちも同じ地域出身の労働者階級の人々になる。彼らもまた全員が白人の英国人である。「実際、家族も、知り合いもない異国の地に一人でやってきて、仕事を見つけたり、出産したり、育児をしながら生活していくのだから、それは困ったことや途方に暮れることの連続であり、そういうときに私を助けてくれたのは、近所の人々であり、配偶者の友人たちやそのパートナーたちのサポートの輪だった。彼ら無くして現在の私はいないと言ってもいい.私が生まれ育った国の人々に比べると、なんだかんだと言っても彼らはとても寛容で、多様性慣れした国民だと切実に感じている。まったく個人的な学習記録ではあるが、ロイヤルファミリーやアフタヌーン・ティーの階級についてはよく知られていても、日本にはほとんど伝えられていない階級の人々の現状や、主流派とは違うもう一つの英国の歴史について、祖国の皆さんに少しでも関心を持っていただけるきっかけになればと願っている」。

 

◎労働者階級とはどんな人たちか=『サイモンの場合』―離脱に投票。1955年ロンドン東部レイトンストーンで生まれる。中等学校卒業後工場勤務、スペインのトマト農場、イスラエルのキブツで働いたり、今は配送業のドライバーとして働き、生涯独身。「俺たちのいうことを金持ちやエスタブリッシュメントは聞いていない。俺は、政治をするのは彼らでいいと思っている。俺たちみたいな労働者は、難しいことはわからねえから、本来は政治になんか足を突っ込んじゃいけない。でも、あいつらがあまりにも俺らを無視しているから、今は労働組合も組織率が低くなって・・移民や若者は組合なんか入りゃしねえから、闘うこともない・・移民は本当に金だけ稼いで自分の国に持って帰るから、彼らはこの国の労働者の待遇の改善なんて全然興味ない。でも、そういう移民を安く使って、太る一方の金持ちたちがいる。この国の労働者の待遇をどんどん悪くしているのは、労働運動にも加わらず、雇用主とも闘わず、反抗もせずにおとなしく低賃金で働く移民だよ。俺は英国人とか移民とかいうより、闘わない労働者が嫌いだ。黒人やバングラ系の移民とは、一昔前の移民は・・この国に骨を埋めるつもりで来たから、組合に入って英国人の労働者と一緒に闘った。でもEUからの移民は、出稼ぎで来ているだけだから、組合に入らない」。

『テリーの場合』―残留に投票。1955年、ロンドンのフォレスト・ゲートで生まれる。中等学校を最終学年でドロップアウト。パブやナイトクラブで働き、他人に言えないような稼業も。ブラックキャブの運転資格を取得し、銀行員の妻と結婚。エセックス州の田園地帯にミドルクラス風の邸宅を購入。友人たちの中では出世頭。大学生の息子二人。労働党員。「俺は社会主義ってのは全然だめだと思っている。みんな平等に、公平に、とか言ってると、人間は伸びなくなる。ある程度競争していかないと、人間は成長しないんだ。能力に関係なくパンを等しく分け合いましょうとか言っていると、みんな子羊みたいになっちゃて、人も国も成長しない。そういう睾丸を抜かれたような国はダメだ。社会主義とか平等主義とか唱えるのは、だいたい腹を空かしたことのない階級の奴らよ。『イーストエンド出身の労働党員』ってのは、もはやアイデンティティなんだよ。俺たちワーキングクラスには、保守党の奴らにカウンターを張っていくという任務がある。俺の親父も、祖父もそれをやってきた。一生涯、一つの政党しか支持しないとか、そういう生き方は今の若者にはいない」。

 

◎労働者階級=労働組合、だと思うな。時代は変わった。もう白人労働者階級のほとんどは、労働組合に入ってはいない。だから政党も、労働組合を介して末端の労働者にアピールすることも、票を集めることもできない。政党や議員は、自分たちで直接、草の根の活動で労働者たちに訴えていく必要がある。労働組合はもはや、仲介組織としての役割を果たしていないどころか、白人労働者階級は組合に反感を抱いていることも多い。白人労働者階級は、一般に信じられているような「感情的で動物的な人々」ではなく、合理的にものを考える人々だ。彼らは、自分たちの不満や喪失感に関心を持ち、気にかけてくれる政治家を求め、裏切られ続けて来た。英国と米国では、社会的、経済的な領域で、有権者グループとしての白人労働者階級が孤立させられてきたのだ。本人たちが「自分たちは周辺化させられた」と感じるほどになってしまった。この層は、政治的に見捨てられてきたからこそ、そこへ彼らにアプローチした極右が彼らのクラスタ(集団)で支持を伸ばしてしまったのだ(ジャスティン・ゲスト)。

*本書は「英国労働者階級の100年」という章が半分を占めている。貴重な分析と考察だ。読まれんことを希望する。