「盛岡だより」(2025.11 

 

       野中 康行 

  (日本エッセイスト・クラブ会員・日産火災出身)


                                 

                                     熊と柿の木

 


 わが家は、盛岡の中心街から5キロほど北にある。郊外ではあるがこの先には大きな団地がある、緑の多い住宅街である。

 裏手の1キロほど先には北上川が流れている。川縁の林を下って来たのだろう、たまに、庭先にカモシカが現れることがあった。だが、30年近く住んで熊が出るようなことはなかった。

 昨年あたりから近くに現れるようになり、今年は毎日のように目撃されている。数日前には盛岡の中心街にある県庁舎辺りにも出没している。

 

 友人に猟友会の会長がいる。彼は、日に2度も3度も出動要請が来るから、おちおち出かけることもできない。要請があって駆けつけても逃げた後だったり、見つけても逃げ足が速くて高齢のハンターでは追いつかなかったりと、その苦労を語っていた。

 毎週どこかの山に登っている友人は、山奥にはブナの実や栗・ドングリがほとんどないが、熊に出会ったことはないと言っている。どうも、里に下りてくる熊は里山近くに棲む熊だけのようである。

 昨日(11月18日)の新聞には、県北の家で、柿の木に登った熊が半日も居座ったという記事が載っていた。その熊(?)が今日も現れ、県警のチームが対処に向ったとニュースが報じられていた。 

 岩手県では、熊に襲われ死傷した人数が全国最多で、被害は米、飼料、動物では犬や猫とニワトリ、果物はブドウやリンゴである。今の時季は柿の実が狙われている。

 何日か前の新聞記事で、里山の農家が「熊対策」のために柿の木を切り始めていると報じていた。「切りたくないが、切らなければならないか……」と悩んでいる農家もいるという。

 昔は、どの農家にも食料確保のために柿の木を植えていた。柿の木のある家は大分減ったが、まだまだ見かける。

 晩秋の夕暮れ、柔らかい陽ざしに柿の実が輝く。軒下には干し柿がすだれのように下がって、その家に人の息づかいを感じたものである。それが晩秋の農村風景であった。

 この風景は、私ばかりではなく多くの人の原風景ではなかったか。この熊騒動で柿の木が切られ、なつかしい風景がまた消えてしまうのは残念である。

 

 わが家にも柿の木が1本ある。カラスやヒヨドリがついばむようになったから、食べごろなのだろう。幸い、今のところ熊は現れてはいない。

 わが家の柿は、ここに居を構えた翌年、1997(平成9)に植えたものだ。「桃栗三年柿八年」というが、ちょうど8年目、2メートルほどの丈になって数個の実をつけた。枝を横に伸ばし4、5メートル丈になるのにさらに10年かかった。柿の木のある風景は、1度切ってしまえば、植え替えたとしても20年は戻らないのだ。

 

 捕獲した熊は去年までは山に返していた。だが今は基本が殺処分で、その頭数目標もある。かわいそうだが当面の対策はこれしかないのかもしれない。

 そうは思っても、人間が自然林を針葉樹林に変えて熊たちの棲みかを狭めてきたことと、棲み分けていた境界の里山を放置してきたことを考えると、心が微妙に揺れ動くのである。