皮肉な世界記録


       

        玉木 正之

 

たまき・まさゆき スポーツ文化評論家,日本福祉大学客員教授。著書に『スポーツとは何か』(講談社現代新書)など多数。近刊は「真夏の甲子園はいらない 問題だらけの高校野球」(編・著、岩波ブックレット、2023年)    


 

 10月27日、MLB(メジャーリーグ)のW(ワールド)シリーズでは延長18回の末、ロサンゼルス・ドジャースがミルウォーキー・ブリュワーズをサヨナラ本塁打(ホームラン)の6対5で倒した。これは18年にドジャースが3対2でボストン・レッドソックスに勝ったのと同じWシリーズ延長戦最長回数(イニング)記録だ。が、公式戦の延長戦最長回数の「世界記録」は、日本のプロ野球にある!

 それは1942年5月24日の名古屋vs大洋戦。なんと延長28回4対4の引分け。1920年5月1日ブルックリン・ドジャースvsボストン・ブレーブス戦の延長26回を上回る大記録だ。

 この記録の背景には第二次大戦があった。これは約1カ月前に試合の行われた後楽園球場近くに米軍の爆撃機B25による初の東京空襲があり、プロ野球は軍の圧力を受け始めた。

 チーム名や競技用語の英語が日本語に変えられ、選手は試合前に軍服姿で手榴弾投げを披露。後攻チームがリードしてると最終回の9回裏は攻撃しないはずが、「敵は完璧に殲滅すべし」という軍の主張で、9回裏も攻撃を続行。

 そんな戦時中の試合のため引分け試合は否定され、延長28回の試合も、選手がフラフラに疲れ日没でボールが見えなくなって、ようやく引分け試合終了が宣言された。

 野球は1845年、「20点先取すれば勝利」というルールが定まり、元々引分け試合は存在しなかった。試合が1回で終わったり100回以上続いたりしたため、回数(イニング)が12回(後に9回)と定められても、MLBは無制限の延長戦や一時停止継続試合(サスペンデッド・ゲーム)で引分けなしの伝統を守っている。

 そんな伝統とは無縁に、日本野球は引分け試合をルールに設けた。が、戦争と軍部の理不尽な圧力で「延長戦世界記録」が残ったのは、皮肉な「不滅の大記録」と言そうだ。