斎藤貴男「レジスタンスのすすめ」


 

       

     異様な対米従属アピールの先に

 

 


 さいとう・たかお 新聞・雑誌記者を経てフリージャーナリスト。近刊「『マスゴミ』って言うな!」(新日本出版、2023年)、「増補 空疎な小皇帝 『石原慎太郎』という問題」(岩波現代文庫、2023年)。「マスコミ9条の会」呼びかけ人。


  

 はたして10月28日の日米首脳会談における日本初の女性首相の振る舞いは、各方面から厳しく批判された。「肩に腕を回されなくても、笑顔を振りまかなくても。飛び跳ねなくても。冷静な会談はできたのではないかと思います」と皮肉ったのは立憲民主党の蓮舫氏である。

 同感。高市早苗新首相の本質に迫った感想だと思う。

 より具体的な指摘を試みたい。彼女が世界注視の中で媚びてみせた相手は単なる大富豪の白人男性ではない。米国の最高権力者だという現実が忘れられてはならないのだ。

 彼女の嬌態(きょうたい)は、私たちの国を、社会を、そして私たち一人ひとりを米国の戦争に巻き込んでいく。実際、異様なまでの対米従属アピールは、会談後に米海軍横須賀基地の原子力空母ジョージ・ワシントンでの演説にも貫かれていた。「私は決意している。今後、日本の防衛力を抜本的に強化し、(米国と共に)地域の平和と安定により一層積極的に貢献する」。

 念頭に置かれているのは中国との紛争だ。すでに高市政権は防衛費の対GDP(国内総生産)比2%への増額を前倒しし、年度内の達成を打ち出していたが、この調子ではトランプ政権による3・5%水準への非公式な要求さえ、丸のみしてしまいかねない。

 だが近年の、とりわけ安倍晋三政権から高市政権に至る日本の政治権力が進めてきている方向性は、本当に日本の防衛、国家安全保障だと言えるのだろうか。米国の同盟国ならぬ実質的には完全に植民地の市井の人間を、宗主国の覇権維持および支配層の地位保全を主目的とする戦争に駆り出し、彼らにとっての敵の殺傷と犠牲を強いる行為以外の何物でもないのではあるまいか。

 岸田文雄、石破茂の両政権の間にやや甘くなっていた感を否定できない警戒心を、またしても研ぎ澄ませなければならないらしい。こんな世の中がいつまで続くのか。

 辞めていただこう。