今月の推し本

 

『だまされない力』佐高信・前川喜平 平凡社新書1089

 

 

               岡本 敏則

 

          おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 

 高市政権が誕生。公明が離脱し維新と組んだ。どう見ても右派政権だろう。

 佐高信氏は1945年山形県生まれ。慶大法学部を卒業し、山形で5年間高校の教師をやり、経済誌編集長を経て、評論家に。国会前の集会では「自民に天罰を!公明に仏罰を!」でスピーチを締めくくっていたが、今後は「自民に天罰を!維新に天誅を!」にでもなるのかな。

 前川喜平氏は1955年奈良県に生まれ東京へ。東大法学部を卒業後文部省(現文部科学省)に入省、大臣官房長、事務次官を歴任し2017年退官。今は講演会講師として絶大な人気を誇り、女性ファン多し。全国を駆け巡っている。私も何回か聴講した。

 本書は二人の対談形式だが、主に佐高氏が質問し前川氏が答える内容になっている。前川氏の話は日本の戦後教育の歴史そのものだ。政治家と渡り合っていくにはこれだけの知識、知性が必要とよくわかる。今回もいくつかピックアップしてみた。


 だまされない伊丹万作監督(伊丹十三父・大江健三郎の義父)の1946年『映画春秋』の言=「だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いていないのである。だまされたといえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるよう勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならない。だまされた者の罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。『だまされていた』という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易極まる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。『だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度もだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされはじめているに違いないのである』。残念ながら、伊丹のこのシャープな問題提起はおよそ80年経った現在でも輝きと有効性を失っていない。(佐高)


 学問=「学問」という言葉がかなり廃れてしまっているんです。文部科学省でも「学問」よりは「学術」という言葉を使っていたし、「学術」ということばがまた廃れてきて、今は「科学技術」ですからね。「教育」という言葉はそのまま残っていたんだけど、「人材育成」という言葉にだんだん置き換わってしまった。学問というのは、自己変革していくというか、自分の考えを常に変えていくというプロセスだと思うんです。だから、学問をするということは、必ず自分自身に対するいくばくかの懐疑心がないとできないはずで、自分が考えているということが100%正しいと思ったら学ばなくなってしまうわけですね。ネトウヨなどには、そういう人が多いと思います。
(前川)


教育行政=戦後教育行政の制度そのものは、できるだけ分権化された。だから教育委員会法を制定して都道府県ごと、市町村ごとに教育委員会を作ったわけです。教育委員会はそれぞれの自治体の教育行政を責任を持ってやる。だから、学習指導要領も最初は文部省が作るが、いずれは都道府県ごとに作るんだという考え方に立ったものですね。教員免許も、国家資格ではなく都道府県ごとの資格で、これは今でもそうなんですよ。教育職員免許法という法律で、教員免許状の授与権者は、各都道府県教育委員会になっていて、国家資格ではないんです。全国で通用する。教育課程や教員の免許状、あるいは教科書検定なんかも各都道府県委員会でやるんだと。全部分権化していくんだという方針が最初はあったんですよ。(前川)


 ◎
教科書=「学び舎」というところが作った歴史の教科書があるんですが、今でもちゃんと従軍慰安婦のことが書いてあるんです。これを母校である麻布中学も、灘中学も使っているんですよ。いわゆる有力進学校が、一番リベラルな歴史教科書を使っています。灘中の校長が、ある手記を10年ほど前に書いているんですけれども、あちこちからいわれのない圧力を受けたと。後に文科大臣になった森山正仁(この前の選挙で落選)、この人は灘中・灘高の出身者なんですけれど、校長にわざわざ電話をかけて、何でこんな教科書を採用したんだと言って、圧力をかけたんですよね。灘中・灘高は圧力をはねつけた。(前川)


 憲法学者の系譜=今の憲法学のまっとうな学者たちは、系譜をたどっていくと美濃部達吉に行きつく。美濃部の弟子だった宮沢俊義とか、清宮四郎とか。清宮四郎は東北大学に行って、清宮四郎の学流みたいなものを作っていったわけです。私が教えてもらった芦部信喜は、宮沢俊義の直系と言っていいと思うんです。清宮四郎の直系は樋口陽一さんだと思うんですね。私が実際に使っていた教科書は、宮沢俊義と清宮四郎の二人が書いたものでした。統治機構のほうは清宮四郎で、人権関係は宮沢俊義という。上杉慎吉流(美濃部と同時期東大教授・天皇主権説を唱える神権学派)は憲法学の世界では殆ど死に絶えている。学問の世界では生き残らなかったんだけれども、それが政治の世界に流れ込んでいる。上杉の弟子の安岡正篤や四元義隆という人物を通じてね。彼らは戦後の歴代総理大臣の指南役だと言われているじゃないですか。そういう人の薫陶を受けた人たちが歴代首相になっていて、岸信介なんかはまさに直系です。上杉慎吉の愛弟子だったわけですから。それが結局、今の憲法改正論につながっているんだろうと思います。憲法25条とか26条は社会権思想であって、もともとはGHQ草案にはなかったんです。衆議院での憲法改正小委員会で、当時の社会党の議員だった森戸辰男や鈴木義男という人たちが頑張ってくれたので、25条も26条も入ったわけなんです。そしてその源流はアメリカ憲法じゃなくてドイツのワイマール憲法です。(前川)