女性の過労死(11)

         

         「盛り上がらぬ理由」

     

                                  竹信 三恵子


 たけのぶ みえこ  朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。


  これまで女性の過労死についてとりあげてきた。だがなぜか、このテーマは盛り上がりにくい。その理由を知りたいとネットで検索していると、8月25日付「朝日新聞」電子版で「女性の過労死は見過ごされてきたのか」と題するコラムを見つけた。女性の過労死が見えにくい原因を考える記事で、女性の過労にかかわる統計の不備や無償労働負担の無視などなどがあげられる。ただ、結論は「『母は強し』は呪いの言葉。私たちは静かに負担に耐えている。だから、疲れたら休もう」という、心優しくはあるが、やや自己責任的な癒しの言葉で終わっている。

さらに検索を続けると、ある男性の投稿にぶつかった。

        「女性の過労死があまり聞かれないのは何故か」という質問に対するベストアンサーとされたものだ。

「男は馬です。女は騎手だと思ってもらえばわかりやすい」で始まり、「男は過労死になると思いながらも『自分がしなければ誰がするんだ』 とわが身に言い聞かせて重い荷物を引っ張っているのです」「こんな過酷な男に比べると女性は『しんどいな。ヤんなっちゃった。主人が帰ったらしてもらおう』等々男に押し付けます。こんなんで女が死ぬわけないでしょう」で終わっている。13年前の古い投稿だが、「当時の男の意識はそんなもの」と笑っていられないほどの女性の働きへの根深い蔑視と奇妙な憤りが伝わってくる。

女性の過労死問題が盛り上がらない底流には、「家族の生計を一人で担え」といわれつづけてきた男性の恨みがあるのかも知れない。

本来、性別役割分業に向けられるべき恨みが、女性に向けられる。分業の呪いだ。次回はそんな社会の無意識を考える。