暇工作 「沈まぬ太陽」

ひま・こうさく 個人加盟労組アドバイザー        


 

テレビ番組でアフリカ大陸の野生のヌーの大移動の映像を見ると、小倉寛太郎さん(写真)のことを想い出す。

小倉さんは日本航空勤務中に、アフリカに配転を受けた。彼はその機会をアフリカの動物の生態研究に充てた。彼はヌ-のことを熱心に話されていた。「ヌーはおとなしい動物で、一頭一頭の戦闘力は大したことはないが、子どもなどの弱者を、隊列の真ん中に囲い込んで集団の力と知恵でライオンなどの天敵から守る。動物が進化のなかで獲得してきた生き抜く能力。人間も学ぶというか考えさせられるところがたくさんありますよ。」

 

 日本航空の労働組合運動の先頭に立って闘い抜いたその半生は、小倉さんをモデルとした「沈まぬ太陽」(山崎豊子)の小説や映画に詳しいが、そのご本人の話は説得力に富んでいる。

労働者が団結するということ、人が助け合うという気高い理念は、こうした動物が獲得してきた習性とも通じているのだろうか。人間なら、それを理論化し、名実ともに自らの血肉としてさらなる高度な理念に昇華させていけるはずだ、いまはまだ進化の半ばとしても、人間は理想を体得できる存在だと信じたい。

だが、現実にはそれを否定する現象こそ枚挙に暇がない。たとえば、「相互扶助」という保険の理念とされてきたものがある。

しかし、あの911テロの巻き添えを食らって日本の損保2社が吸収合併の浮き目に遭った経緯の現実を見れば、その理想はもろくも崩れそうにさえなる。T社は、「あと200億円」あれば助かったという。なぜその程度のカネを損保全体で拠出しようという議論にならなかったのだろうか。同じ産業の仲間の死活を分ける局面で、だれもがそういう提起をしなかった。保険の根底にある相互扶助精神はどこに行ってしまったのだろうか。そして損保労働運動もまた、金縛りにあったように身動きできず、思考停止と沈黙を続けたのは何故だろうか。

もし、相互扶助が成功していたら、損保もそれを取り巻く世界も変わっていたはずである。損保に対する世間の見る目、社会的会的評価や信頼感は一挙に高まったに違いないのに。冷酷な資本の論理だけは、これでもかと、突きつけられたがそれに対抗する理念が立ち上がる気配はなかった。

 

「沈まぬ太陽」の恩地元も、そのモデルであった小倉寛太郎さんも、企業の社会的責任を問い続け、闘いつづけた。そこから、労組への信頼も高まり、社会における労組や労働者の役割の重要さも改めて世間から確認された。たたかうことが理念に通じた。いま、目の前や、世界中に否定的な現象が渦巻くが、やはり理想を掲げ、推進するためには闘う労働者の力が萎えてしまってはならない。闘う中で知恵も方策も生まれてくる。それが理想の追求につながる道だと思う。小倉さんのあの、悠然たる態度の中に、労働者への無限の愛と信頼、希望を見た。