真 山 民「現代損保考」

       しん・さんみん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。

 


  

           トランプ課税と損害保険(その2)

         自動車関税による自動車関連事業への影響 


 

   アメリカで人気の日本車

 

 日本自動車工業会(JAMA)の統計によると、2023年の世界の四輪車(乗用車+バス・トラック)の生産台数は9355万台で、1位は中国で約3,016万台、2位はアメリカで約1,061万台、日本は約900万台で3位である。販売台数と輸出台数を見ると、中国は生産台数が3,009万台、輸出台数が311万台、アメリカは販売台数が1,061万台、輸出台数が264万台、日本は販売台数が478万台、輸出台数が381万台である。

 昨年アメリカで売れたメーカーの自動車を、米国車か、それ以外の国のクルマかを問わず、上位10位の車名・国名・台数を挙げると、次のとおりである。

  1位 フォード・Fシリーズ(米国)」 765,649台

 2位 シボレー・シルバード(米国) 542,517台

    3位 トヨタ・RAV4 (日本)  475,193台

 4位 テスラ・モデY(米国) 416,000台(推計)

 5位 ホンダ・CR−V(日本) 402,791台

 6位 ラム・ビックアップ(米国)373,120台

 7位 GMCシエラ(米国)322,946台

 8位 トヨタ・カムリ(日本) 309,876台

 9位 日産・ローグ(日本) 245,724台

 10位 ホンダ・シビック(日本) 242,005台

 アメリカで売れているクルマのベスト10に、日本のクルマが5つと半分を占めている。トヨタ・カムリやホンダ・CR-V、シビックは現在日本国内では生産されておらず、米国仕様のクルマであるが、燃費効率など使い勝手の良さがアメリカで評価されていることを表わしている。しかし、トランプ大統領にしてみれば、アメリカの自動車の輸出台数の少なさ(貿易赤字の要因)に加えて、そうしたことも気に入らないところなのだろう。

 

 アメリカ偏重が裏目の日本メーカー、際立つ日産の苦境

 

 5月12日、米中両国が115%ずつ引き下げることを同意した関税は、貿易相手国が高い関税を課している場合に、自国も同水準まで税率を引き上げる相互関税で、日本が米国に撤回を求めている自動車関税は含まれていない。自動車や鉄鋼・アルミニウム製品などにかける分野別関税は譲歩の対象外で、今後も維持することをベッセント財務長官が述べている。

 ナカニシ自動車産業リサーチによると、日本車メーカーの多くは仕向け地別営業利益(24年3月期*注)で米国を中心とした北米の比率が高い。ホンダは45%、日産は70%、SUBARUは80%、マツダは61%にもなる(日経電子版 5月14日)。

 1970年代の石油危機に端を発する日米自動車摩擦の後、日本の自動車メーカーは米国で現地化を進め、販売を伸ばした。米国市場は収益の大黒柱に育ったものの、リーマン・ショック(2008年)で需要が蒸発すると一転して大幅な赤字に転落。リーマン・ショック後、ホンダや日産は米国偏重の収益構造からの脱却を目指し、新興国市場の開拓にカジを切ったが、両社とも急速な拡大路線で品質問題や過剰投資に陥り、新興国市場を開拓しきれなかった。結局、大型車や高級車など好採算な車種が売れる米国市場に頼る構図に戻ってしまった。

 

 特に日産の苦境は際立ち、2025年3月期決算は6,708億円という巨額の赤字で、国内外で7つの完成工場を減らし、計2万人ものリストラを計画している。本業である自動車で儲けられず、自動車事業の営業損益は2,158億円の赤字、24年度の世界販売は前年比2.8%減の334万台、期初の目標も8年連続で達成できず,17年度の577万台からは4割以上も減っている。

 

 

 トランプ関税の影響、自動車すそ野産業にも

 

 自動車産業は、関連産業の裾野が広く経済波及効果が大きいため、日本経済で重要な位置を占めている。関連産業として、鉄鋼、金属、軽金属、ガラス、ゴムやプラスチック、革などの石油化学品、半導体などの原材料、鋳造などの加工技術、電子機器の制御を行うコンピュータソフト、宣伝広告を行うマスコミや販売を行う自動車販売店のほか、運輸業、ガソリンスタンドや自動車整備業、一般道路や高速道路の建設や整備、自動車保険の加入、自動車教習所の講習、自動車運転免許の新規作成や更新、さらには駐車場の建設や経営、レンタカー事業などと多岐にわたる。

 雇用者も、自動車産業の関連産業を含めた従業員数は約550万人(メーカー約130万人、ディーラー・中古車販売・整備工場従業員約100万人、ガソリンスタンド従業員約35万人、トラック・バス・タクシー従業員約230万人)で、日本の労働人口約6930万人の約8%に当たる。すそ野の土台である自動車メーカーが受けるトランプ関税の次第によっては、これらの産業の雇用者の職場が相当失われる事態になりかねない。損害保険業界も例外ではない。

 

 撤退が続く自動車整備事業

 

 自動車のすそ野産業のうち、トランプ関税によって自動車メーカーが受ける影響のあおりを当面もっとも強く受けるのは自動車部品産業、自動車販売店あたりだが、自動車整備業者も、次のような要因も加わり、廃業に加速がかかる恐れがある。帝国データバンクによると、24年に倒産や休廃業・解散した国内の自動車整備事業者は、過去最多の446件に上ったが、トランプ関税は、これに輪をかけるかもしれない。

 ①深刻な人手不足、有効求人倍率は全職種平均の4倍

 日本自動車整備振興会連合会によると、ピークの11年度には34万7276人の整備士がいたが、24年度は33万3047人に減少。一方、11年度の有効求人倍率は1倍台だったが、整備士の減少に連れて求人倍率が急激に上昇している。

 ②低い給与水準 

 厚労省によると、自動車整備などの年間所得は469万円と全職種(506万円)に比べ約7%低いのに、年間労働時間は全職種に比べて70時間ほど長い。低賃金と若者の車離れにより整備士の仕事に魅力を感じる人が少なくなっている。

 ③他業種との人材争奪

 自動車はいったん買えば車検をはじめメンテナンスが必ず必要になる。日本の自動車保有台数は8000万台を超え、自動車整備は安定収入が見込めることから、中古車販売や板金業が新規参入することで、限られた人材を奪い合う構図になっている。

 損害保険代理店のうち、もっとも多いチャネル(チャンネル)は、自動車販売店、自動車整備工場などの自動車関連業で、83,349店と全代理店150,652店の半分以上を占める(2023年現在。専業代理店は25,987店)。自動車産業へのトランプ課税の影響が今後さらに強まり、整備業者にも影響が及べば、このチャネルの代理店は減り続けることになる(自動車関連業チャネルの店数は2015年との比較で16,570店、16.6%の減少)。

 加えて,ビッグモーター事件やメガ損保による企業の損害保険料の談合、自動車販売業や金融機関・事業会社の別働隊代理店の損保からの出向者による損害保険情報の漏えいなど、数々の不祥事が招いた規制強化・保険募集のルールの大改正が目下進行中である。

 トランプ関税と保険募集ルールの大改正、いま自動車産業は未曽有の難事に直面している。それは損害保険業界の危機につながっている。

 

*仕向け地別営業利益 日本やアジア、北米、中南米、欧州、中東、アフリカなど、世界の各地域毎の本社・子会社等が稼いだ 営業損益。