労働基準法見直し審議
「労使コミュニケーション」の罠
労働基準法が定める労働条件の最低基準を、職場の労使の合意で逸脱(デロゲーション)できる見直しを、厚生労働省の労働基準関係法制研究会が打ち出してから約4カ月が過ぎました。労働政策審議会は年内にも結論を出す予定です。改めて振り返ってみましょう。
労働基準法は、労働者が「人たるに値する生活を営むため」の労働条件の最低基準を定めています。週40時間、一日8時間労働などの規制です。
ただ、業務の必要性や社会の変化、経済界の求めに応じて、規制を逸脱できるルールが数多く定められてきました。
表はその一部です。例えば、時間外や休日労働を認める36(サブロク)協定は、過半数労組か過半数代表の同意と、労働基準監督署への届け出が必要です。始終業時刻を労働者が決められるフレックスタイム制は原則届け出が要りません。
逆に、使用者の労働時間管理義務がなく、長時間労働に陥りがちな高度プロフェッショナル制(高プロ)や企画業務型裁量労働制は、労使各5人でつくる労使委員会の5分の4の賛成による決議が必要です。さらに、本人同意や、職種の限定、年収要件(高プロ)などさまざまな規制をかけています。働く者の健康にとって危険だからです。
労基研報告書はこれらの最低基準の逸脱を「法定基準の調整・代替」と呼び、個別企業の「労使の合意」によって可能とする方向を打ち出したのです。
この具体的なターゲットが、企画業務型裁量労働制と高プロではないか――と、緒方桂子南山大学教授(労働法)は指摘します。
残業代を支払わず働かせ放題の制度の使い勝手をよくしたい――。経団連の要望に沿った見直しとみるべきでしょう。
●対等な交渉はムリ
労基法の最低基準に穴を開ける道具立てが「労使コミュニケーション」です。報告書は多くの紙幅を割いており、厚労省の本気度がうかがえます。
とはいえ、国内の労働組合の組織率は16%。労使合意で基準を逸脱する制度をつくっても、労組だけでは利用が限定されます。
そこで着目されたのが、労基法上の「過半数代表」です。過半数労組がない職場で、36協定の締結や、就業規則変更の意見聴取の対応をする労働者代表です。
使用者が選ぶなどの不適切な選出や、形がい化が指摘される仕組みです。この適正化と基盤強化を図ることで、新たな役割を与えようとしています。
でも、過半数代表はたった一人です。絶大な権限と情報を持つ経営陣と対等に渡り合えるものではありません。
前述の緒方教授は過半数代表の「孤立」を指摘したうえで、▽従業員の意見を集約できる制度上の担保がない▽使用者の説明・応答の義務がない――ことを指摘し、対等な交渉は成立し得ないと注意を促します。
●裁量労働制を新設
そのほか見逃せないのが、副業・兼業の労働時間通算の廃止です。現行法では、本業で1日7時間働き、副業で3時間働けば、2時間分について25%の時間外割増を副業先は支払う必要があります。これが副業・兼業の促進の妨げになるので廃止するのだそうです。
次がテレワークへの裁量労働制導入。新たな「定額働かせ放題」の創設です。
一方、勤務間インターバル(休息時間保障)の義務化や「つながらない権利」の新設など、働く者のためになる規制強化には極めて慎重な姿勢です。