守屋 真実 「みんなで歌おうよ」

                     


 もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 

                   


 帰国してもう12年にもなるが、今でも毎年1月1日にはドイツの友達数人と電話で新年の挨拶を交わしている。メールでのやり取りが多くなったこの頃だが、やはり声を聞きドイツ語を話せるのが楽しい。何よりもそういう友人がいることが嬉しい。

 しかし、今年は電話の後、暗い気持ちになってしまった。ほとんどの人が、物価高や移民問題や治安の悪化を愚痴っていたからだ。かつて一緒に脱原発の集会に行った友人さえもが、「原発ゼロは早すぎたかも…」と言っていた。電気代が三倍くらい跳ね上がったそうだ。地震もクロアチアにルーツを持つ人から、「SPD(社民党:中道左派)はもうだめだ」と聞いた時には背筋が寒くなった。どうやら次の選挙では、新興のポピュリスト政権に期待しているらしい。

 私が住んでいたハンブルクは、かつてSPDの牙城と言われた州で、現首相のオラフ・ショルツはハンブルク市長だった人だ。確かに首相としては精彩を欠いていたようにも思える。しかし、抜群の求心力を持っていたメルケル元首相の後釜は、誰がやっても難しかっただろうし、何よりもウクライナ戦争、ハマスとイスラエルの紛争という誰も予想していなかったことが起きたのは不運だったと思う。それにしたって、右翼ポピュリストよりは遥かにマシだと私は思うのだが。

 今ドイツでは移民排斥を訴えるAfD(ドイツのための選択肢:極右)が躍進している。AfDはドイツ・ファーストを掲げる政党だ。特に旧東ドイツのチューリンゲン州では、昨年の州議会選挙で第一党になった。ザクセン州でも得票率32,6%で第二党である。以前は支持率が低かった旧西ドイツでも、物価高による生活苦や治安の悪化を移民のせいにするデマゴーグで勢力を伸ばしている。国営国際放送ドイチェ・ヴェレによれば、昨年12月の世論調査では「政治家が議論ばかりしていて先に進まない。我々には強力な指導者が必要だと思う」という人が旧東で60%、旧西でも49%に上ったという。ナチスの標語「総統が命じ、国民は従う」を思わせる。また他方では、今年に入ってからの世論調査で、富裕層に高率の資産税を科すことなど貧困対策を訴える左翼党の支持率が急上昇しているらしい。まさに政局は大混乱の状態で、ワイマール共和国の崩壊を思わせる。ドイツの友人たちが理性を失わないことを切に願っている。

 昨年韓国のユン大統領が突然戒厳令を発したとき、国会議員と国会職員、そして市民が驚くほど素早く勇敢に反応したことに感銘を受けた人も多いと思う。さすがは自らの手で軍事独裁政権を倒した国民だと多くの人が称賛した。もちろん私もそう思った。それならば、旧東ドイツの人々も監視社会の弾圧や拘束にもひるまず闘って自由と民主主義を獲得した市民ではないか。なぜ彼らは今になって極右政党を支持するのだろうか。彼らの望んだ自由は東西が統一しても得られなかったのだろう。資本主義社会での自由は裕福な者の特権だ。世界中の政局の混乱は、貧富の差が広がるばかりの資本主義が限界に達しつつあるからではないかと思う。

 世界は、人類は、どこに向かっているのだろう。私には何ができるのだろう。そんなことを考えていると、私の頭の中も混乱してくる。でも、混乱は新しい何かを生み出す契機になるかもしれない。カオスは面白いと言ったのは誰だったっけ。私は私で、今できることをやり通そう。いつかきっと、ドイツの友人たちと明るく笑って再会できる日が来る。そう信じて歌い続けている。