暇工作 「同意なき転勤廃止」

ひま・こうさく 個人加盟労組アドバイザー        


 

「本人の同意なき転勤廃止」。第一生命が2027年から行う人事制度改定である。部分的条件付きで損保などでも取り入れられつつあるが、制度として確定し発足させる意味は大きい。

 転勤命令には無条件に従わねばならない、という企業文化は長年、サラリーマンの頭を押さえつけ、支配し続けてきた。それについては企業側から様々な「説明」や「理由づけ」が行われてきたが、突き詰めて言えば、企業内における主権は企業側にある、という単純明快な企業論理の発露であった。企業においては誰が支配者で誰が被支配者なのか、を意識させるシンボリックな論理の刷り込みでもあった。どこに住むかは本来個人の権利などという主権思想が対置されることなど決してなかった。だから、労働者の抵抗は、「夫婦別居を強いる転勤ノー」「病弱な家族の介護を不能にする転勤ノー」など、もっぱら人道的な視点を根拠とするほかなかった。つまり「これくらいは認めてよ」という限定的な「お願い」の範疇に留まってきた。もちろん、それすら、「会社に入った以上はわがままは許されない」という根強い企業世論との闘いは生易しいものではなかった。

 そうしたなかでも、損保では、東京海上の松沼夫妻、興亜火災の深野夫妻の夫婦別居配転反対闘争をきっかけに、住友の近藤夫妻の同様のたたかい等、幾多の闘いと成果が生まれていく。損保はこのたたかいでは日本の中でも先駆的役割を果たしてきたのだった。もちろん、偏見や差別との闘いも伴う厳しいたたかいだったが、数多のたたかいを経て、現在ではそうした人権無視の企業の横暴は、表向き影を潜めている。そして、ついに第一生命に見るような「制度」として掲げる企業まで出てきたのだ。ここには、労働者の個別要求の闘いが積み重ねられるたびに、それらが練り上げられ、「権利」となり、やがては「制度にまで昇華するという見事な闘いの「進化」の姿が見られる。労働者側としては自信にも教訓にもすべき事柄である。

 

もうひとつ、運動論から見て重要な面を忘れてはならない。それは、このたたかいの草分けでもある、損保における運動の発展の軌跡である。この要求はむろん当事者個人のやむに已まれぬ要求に端を発するが、それを主導したのが労働組合ではなかったという事実である。運動の原点は「守る会」方式であった。職場から澎湃(ほうはい)として起こった「民衆蜂起」とでも呼ぶべき、労働者個人個人が、労働組合の指導なしに自主的に手をつなぎ合い、「○○夫妻を守ろう」という声を挙げ、様々な行動を行ったことだ。そこから始まった草の根運動が、半世紀以上後の(生保に現れた)「制度」実現の源流である。人道的要求から始まって、居住地を選ぶ自由、生活スタイルを自決する自由へと、労働者の主権が質的に広がっていった歴史や背景を改めて思うとともに、改革や運動は、ジグザグはあっても、それが人間本来のあり方や、合理性に反しない限り、かならず前進するものだと思う。そしてその原動力もまた、人間個人の「思い」から始まったものだ。