昭和サラリーマンの追憶 

              

      

       「愛は永遠」とは限らない

 

             前田 功


 まえだ いさお 元損保社員 娘のいじめ自殺解明の過程で学校・行政の隠蔽体質を告発・提訴 著書に「学校の壁」 元市民オンブズ町田・代表


  東京23区の新築マンションが平均1億数千万円になったというニュースがあった。いわゆるタワーマンションは2億3億というのが多いそうだ。買っているのは、2人とも働いている高所得のパワーカップル、相続税対策で買っている富裕層高齢者、自国のバブルがはじけ行き場を失った中国の不動産投資ファンドなどが多いという話である。

 裕福な高齢者や中国ファンドは別として、気になるのはローンを組んで買っているパワーカップルのことだ。

 7000万から1億円の住宅ローンを組んでいるケースも少なくないそうだ。公定歩合が5.5%だった昭和世代の筆者にしてみれば想像すらできない金額だ。ただ考えようによっては、思うほど大変ではないのかもしれない。昭和の終わりころ、年利は6%台だった。仮に1億借りたとして1か月の支払い利息50万円。元本返済が23万円として月返済額80万円。しかし、昨今はそれが1.6%とか1.7%。月の金利13~14万円なら元本返済が23万円として月返済額30万円。月収150万~200万のパワーカップルにとっては、さほど厳しい額ではないかもしれない。

 政府と日銀の政策によって金利が抑えられている昨今、たくさん借りれば借りるだけ得をするという見方もある。仮に1億の物件を100%ローンで購入し、物件の値上がりが3%、金利が1.5%だったとすると、1.5%の儲けという計算である。(もちろん、その他さまざまな諸費用はかかるが・・・) 

 企業の借り入れ需要が少ないこの時代、銀行にとって住宅ローンは大事な安定的収益源。有担保で必ず債権回収できる。返済が滞れば高い延滞金利(最近は10%程度)が得られ破綻しても保証会社から満額保証される。銀行はあの手この手で少しでも多く借りるよう勧める。それに乗せられて100%ローンで買っているパワーカップルも少なくないようだ。

 しかし、人生、そううまくいくとは限らない。

 住宅ローンを組む際、生保の団体信用生命保険(団信)加入を求められる。ローン契約者が死亡したときや高度障害状態になったとき、残債分の保険金が支払われる保険だ。保険金支払いの結果、完済した状態になるわけで、遺族はローン返済の負担から逃れることができる。その意味で、借り手を守る保険である。

 団信は生保であるが、もう一つ加入を求められるのが損害保険の住宅ローン保証保険。(保険ではなく保証契約として保証会社と契約させられるケースも多い。)

 この保険は、住宅ローンを借りた人が借入時に一括で保険料を払って、返済できなくなったとき、金融機関が受ける損害を保険で賄うというもの。保険料を払った人を守るのではなく、貸し手を守る保険である。しかし、これで団信同様、借り手が守られると誤解している債務者が多い。

 筆者は、平成初期バブルがはじけて数年後の頃、この住宅ローン保証保険を担当していた。ローン支払いが停滞した案件の処理が主たる仕事だった。

 バブル期以前、住宅ローンを利用する場合、まずは住宅金融公庫から、それで足りない分は年金転貸融資から、さらに足りない分は民間の金融機関から借りるのが一般的だった。筆者が扱ったのは、ほとんどが年金転貸融資(取り扱いの窓口は社会保険福祉協会)であった。(ちなみに、この年金転貸融資は2005年で廃止。新規貸付はしていない。)

 保証する側は、対象物件に抵当権をつけている。抵当権というのはローンが返済できなくなったときは、物件を処分して債権を回収できるという権利である。抵当権第1順位は公庫保証協会が取っている。私の担当はすべて第2順位。破綻時、仮に1000万円の残債があって公庫が500万円、当方400万円、他の銀行100万円の残債だったとする。競売で700万円で落札されたとすると、公庫保証協会はまるまる回収できるが、当方は200万円しか回収できない。

 返済が滞り始めると、「期限の利益の喪失に関する予告書」というのが社会保険福祉協会から債務者宛に出される。「期限の利益」とは返済を毎月分割で行うことが許されるということであり、それを喪失すると一括して返済しなければならないということになる。

 同時に私のところに連絡が来る。6カ月延滞が続くと破綻決定で、私は残債分を保険金として支払わなければならない。それが仕事だったが、支払いを少しでも減らしたい、支払ってしまった案件については、少しでも多く回収をしたい。と思うのは、担当者として当然の気持。延滞2カ月くらいから、債務者に連絡して状況を把握し延滞を解消するよう持ち掛ける。それに力を入れていた。6か月延滞し破綻したとしても、放置して公庫保証協会に競売を掛けられる前に、任売にもっていければ回収額は大きくなる。

 そのために、様々な手段を使って債務者に連絡を取るのだが、債務者当人である夫はほとんどつかまらない。電話の相手はほとんど妻。「夫の名義ですから、夫に請求してください」というが、妻もペアローンの片方であったり連帯債務者であったりする場合がほとんど。話を聞くと、「夫と同じ会社だった」「夫が社長で妻が経理部長だった」「夫と同じ業界だった」「会社が左前になって収入が激減した」「夫が他の女性のところへ行ってしまった」「夫が行方不明」「この家を売られたら私は住むところがない」「こんなはずではなかった」などなど。

 家やマンションを買うときは、夫婦関係・仕事・その他すべてが順調なときである。仕事がうまくいかなくなったり離婚することになろうなんてことを想定してローンを組む人はほとんどいない。

 結婚式で神父の前で、「良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が2人を分かつまで」と愛を誓うが、そうもいかないのが現実。結婚するカップルは年間5~60万組あるが離婚するカップルも20万組強あるそうだ。

 異常な金融緩和がいつまでも続くとは思えない。マンションバブルはいつかははじける。住宅ローンを組んだパワーカップルたちも、私が接した昔の債務者のカップル同様、同じ会社だったり、同じ業界だったりするケースは多いと思われる。他人事だが気になる。