今月のイチ推し本

『新しい封建制がやってくる』ジョエル・コトキン 東洋経済新報社

 


                       

         岡本 敏則

 

    おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 本書の原題は『The Coming of Neo-Feudalism』、コトキン氏(1952年生)は現在、カリフォルニア州オレンジにあるチャップマン大学未来都市學プレジデンシャル・フェロー。

 

【新しい封建制社会】はこうなる。

 

【第一身分】コンサルタント、弁護士、官僚、医師、大学教員、ジャーナリスト、アーティスト、高度な知識を有し、支配体制に〈正当性〉を与える「有識者」(現代の聖職者)

【第二身分】GAFAなどのテック富裕層が率いる「新しい貴族階級」

************越えられない壁************

【第三身分】それ以外の人々。中小企業の経営者、熟練労働者、民間の専門技術者など21世紀の「デジタル農奴」「新しい奴隷階級」

 

 ◎カリフォルニア=シリコンバレーの住民の3割が公的・私的な経済援助に依存している。この間、製造業の雇用が大きく失われたが、ソフトウエア産業は製造業ほど労働者を必要としないうえに、一時滞在ビザを持つ非市民を大量に雇用する。結局、巨大なテック企業は少数の億万長者を生み出しただけで、そこに働く人々の多くは、低賃金の請負契約でサービス業に従事する労働者や、いわゆる「ギグワーカー」である。彼らの多くは、トレーラーハウスで野営生活を送るホームレスであり、シリコンバレーのホームレス野営地は全米最大級だという。

 

 ◎グリーンリッチ=環境保護主義者は、一般市民に質素倹約を押し付けながら、環境保護運動を支持する超富裕層の身勝手な行為に贖宥状(免罪符)を与えている。「グリーンリッチ」と呼ばれる連中は他人には消費を控えるように呼びかけながら、自分たちは炭素クレジットを購入したり、美徳シグナリングを示したりといったかたちで現代版の贖宥状を買っている。これによって、優雅に地球を救えるというわけである。2019年1月,地球環境危機について話し合う会議に参加する人々を乗せたおよそ1500機のプライベートジェットが温室効果ガスをまき散らしながらダボスに到着した。著名な気候活動家のなかで、豪邸やヨット、山ほどある自家用車を手離すそぶりを見せる者などほとんどいない。

 

 ◎民主主義の衰退=全世界で民主主義が衰退し、権威主義が台頭している。一時は全世界が自由民主主義と市場資本主義に向けて進歩を続けていくように思われたが、今や中国の習近平、ロシアのプーチン、トルコのエルドアンいった専制君主や権威主義者たちの支配する新たなユーラシアの世紀がやってきかねない状況だ。彼らの視線の先にあるのは、ジョン・ロックやジェイムズ・マディソンではなく、中国の皇帝やロシアのツアーリ、オスマン帝国のスルタンたちである。

 

 ◎富はどこに?=1945年から1973年にかけて、アメリカの上位1%は米国民全体の所得増加分4.9%を占めるにすぎなかったが、今やアメリカの最富裕層400人の富の合計は、下位1億8000万人の富の合計を上回っている。中国では、人口の上位1%が国の富の約3分の1を、およそ1300人が約20%の富を保有している。全世界的に超富裕層は新興貴族である。いまやわずか100人足らずの億万長者が世界の資産の半分を所有するに至っている。

 

 ◎中国式モデル=中国の現指導部は、中華人民共和国の建国者たちが忌み嫌った民族宗教、とりわけ儒教にすら価値を見出している。正直、親孝行、序列の尊重といった古くからの美徳が、現代でも有用だと分かったからである。中国による資本主義と権威主義の融合は、説得力のある経済発展モデルとして注目されつつある。東アジアを中心にさらに中央アジア、南米、ヨーロッパの一部、アフリカにまでその影響力を拡大している。インドでは20年以内に中国がアメリカに代わって世界の支配国家になると考えているようである。同時に、インドの政治指導者たちは、民族的ナショナリズム、言論の自由の抑圧、公共政策におけるヒンドゥ教至上主義など非自由主義的な考え方や政策を採用している。

 

 ◎格差の拡大=欧米諸国において大量失業よりも高い可能性があるのは、多くの人が「ギグエコノミー」(SNSなどを通じて単発・短期の仕事を請け合う働き方)で生計を立てざるをえなくなり、中流階級の衰退が続くことである。テクノロジー主導の世界では、化学や技術に秀でた「選民」とその他大勢の格差が広がる傾向にある。今日、10億ドル規模のビジネスを立ち上げようと思えば、コーダーや金融の専門家、マーケティングの達人など、ごく少数の集団で十分であり、ブルーカラーや中間管理職は必要ない。

 

 ◎監視する社会=Facebookはすでに、スマホのマイクを遠隔操作でONにして録音を開始し、ユーザーの会話を盗聴できる特許技術を持っていることを認めている。2018年にはAmazonの家庭内デバイス「アレクサ」が会話を盗聴していることが発覚した。テック企業にとってプライバシーの優先順位は低いと考えるのが妥当だろう。GoogleのシュミットCEOはかってインタビューでこう答えている。「誰にも知られたくないことがあるなら、最初からやらないほうがいいんじゃないか」

 

 ◎第三身分よ目覚めよ=Amazonは全世界に2019年時点で79万8000人の従業員を抱えている。最低賃金を時給15ドルにすると発表した際、ストックオプションその他の手当ても削減し、少なくとも長期雇用者の昇給をほぼ帳消しにした。Amazonの平均的な労働者が2018年に受け取った報酬は3万ドル未満で、CEOが10秒単位で稼ぐのとほぼ同じ額である。社会的上昇を制限し、人々の依存心をより強めるような新しい封建制を押し戻すには、新しい封建制に抵抗しようとする第3身分の政治的意思を目覚めさせることが必要である。「国民が反逆の仕方を忘れていない国家は幸せだ」(R・H・トニー)。子供たちが受けつぐ世界はどのようになるのか。すべては、私たちが「関与する市民(engaged citizens)」として自らの立場を堂々と主張する決意を奮い起こすことができるかどうかにかかっている。