守屋 真実 「みんなで歌おうよ」

                     


 もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 

                   


  大谷選手と日の当たらないひとびと

 

 知人の孫が通う小学校に大谷翔平選手からのグローブが届いたそうだ。それまでサッカーファンだった孫が突然野球ファンに変身し、バットやシューズをねだられて困っていると、実は嬉しそうに言っていた。知人は、大の大谷選手ファンなのだ。

 確かに日本人離れした体躯と記録破りの大活躍で子どもたちに夢を与えているのは納得できる。何より、「巨人の星」みたいな決死の覚悟と言った悲壮感がなく、屈託のない笑顔でのびのびと野球を楽しんでいる様子が爽やかだ。特別野球好きでない私でも、ついニュースに見とれてしまう。

 「でも」と、根っからひねくれ者の私はやはり思ってしまう。

  だって、一部の有名選手やエンターテイナーに富が集中しすぎているじゃないか。野球がうまいから億の金を稼ぐ人がいる一方で、社会に有用な仕事をしているのに貧困に苦しむ人がいるのはおかしくない?認知症の高齢者の話を辛抱強く聞くことも、食事も排泄も全面介助の障がい者の世話を続けることも、絶望的に破壊された戦場や被災地で救命救急に携わることも並みはずれた能力と努力を必要とする。こういう仕事をする人だって、もっとお金を稼げていいはずじゃないの?と思うからだ。

 コロナ禍の時には、医療や介護・福祉従業者、清掃や廃棄物処理に携わる人、公共交通や物流で働くエッセンシャルワーカーがこの社会を支えているのだと気付かされたはずなのに、コロナが感染症5類になり、あたかも終息したかのように平常の生活に戻ったら、またもや誰が本当に必要な仕事をしているのか忘れられてしまったように思う。コロナ禍で失業した人、借金を抱えた人は今もたくさんいるのだ。私も支援している地元のフードバンク来場者は、この二年あまり高止まりしたままだ。そういうことを思い出させる報道はごくわずかしかない。

 もちろん野球が悪いわけではないし、ましてや大谷選手を責めるつもりは毛頭ない。今後も大いに活躍してほしい。ただ、あたかもこの世に生活に窮している人などいないかのようにスポーツやエンタメを明るく報道するメディアに不信感を募らせている。強欲な政治家の悪行から目をそらせるために、意図的に騒いでいるのではないかと勘繰ってしまう。また、市民がほんの3~4年前に起きたことをこんなにも簡単に忘れてしまう世の中にも危うさを感じる。

 大谷選手があれだけの活躍をできるのは、天性の才能ばかりではなく、本人の並々ならぬ努力によるものだろう。スポーツ選手として立派なことだし、子どもたちにグローブを贈ったのも素晴らしいことだと思う。けれども、どんなに優れた人でも、たった一人で世界を変えることはできない。グローブを使わせてもらえないいじめられっ子は?不登校になってしまった子は?スポーツを楽しむ暇のないヤングケアラーは?

 みんなが日の当たらない片隅の人間を忘れないことが、世の中を公正で平等にしていく力になる。戦争も大地震や原発事故も、パンデミックがあったことも覚えていよう。語り継ごう。