昭和サラリーマンの追憶 

              

      

    差別意識を利用したビジネスモデル?

 

            前田 功


 まえだ いさお 元損保社員 娘のいじめ自殺解明の過程で学校・行政の隠蔽体質を告発・提訴 著書に「学校の壁」 元市民オンブズ町田・代表


日本生命がニチイを買収するという報道があった。スーパーのニチイではない。介護業界売上高トップの「ニチイ学館」の親会社だ。買収額2,100 億円、日生として過去最大のMAだそうだ。ニチイ学館は、もともとは医療事務の資格講座が主力だったが、現在、保育所300 か所、介護事業1,900か所を展開する。従業員は正社員35,000人、その他48,000人(2023年10

月時点)。介護業界最大手である。ちなみに、第2位がSOMPOケアである。

一方で、介護職から離職する人が働き始める人を上回る「離職超過」が起きているという報道もあった。この傾向が続けば介護業界では人手不足はいっそう深刻化する。高齢者数がほぼピークとなる2040年度までに介護職を69万人増やす必要があるとされるが、先行きは厳しい。

 

  もう十年近く前になるが、損保ジャパンが「ワタミの介護」を買収し介護に参入した当時を思い出す。当時、損保ジャパンは日本興亜などと合併したばかり。合併により人員に余剰が出る。さらに、オフィスワークのⅠT化で事務職員が不要になるという面もあった。同社は、4,000人の人員削減を行うと発表した。(実際には、そうはいかなかったようだ。同社の投資家向けレポートに記載された職員数は、この発表後1年で約2,000人減っているが、その後たいした増減はない。)

 

大企業が、特に悪いことをしたわけでもない正社員の首を切ることはかなり難しい。それで流行ったのが「自分から辞めてもらうように促す」やり方だが、東芝やその他いくつかの会社がやったような「追い出し部屋」は世間の非難を浴びた。また、希望退職を募るというやり方は、早期退職に対しては退職金の上乗せが必要だ。

同社は、「追い出し部屋」を作ることもなく、また退職金を上乗せすることもなく、4,000人削減を打ちあげたのだ。

 

当時、こんな話が、巷間囁かれた。

損保ジャパンは退職させたい人を、「系列の介護会社への転属させる」という裏技で、人員削減を行なおうとしている。損保ジャパンの正社員といえば全国のサラリーマンの水準からすればまさしく選ばれし者。そのようなエリートと自認している人に余剰人員という評価を下し、介護を業とする系列会社に転属させることで、自己都合退職を促す。つまり、介護会社を「追い出し部屋」として使うのである。もし辞めずに転属を受け入れてくれるのであれば、それはそれで介護会社の人手不足解消に役立つ。会社側はコストをかけることなく、リストラをできる・・・と。

 

気になったのは、この言説の前提に、介護の業務を損保会社の仕事より下位の仕事と位置付ける意識があるのではないかということだ。

池袋西武のストライキの際、「百貨店に入社したのだから、百貨店の仕事がしたい」と叫んでデモをした人たちがいた。販売職の中では百貨店が一番上の位だという意識が背後にあるのではないかと思った。この時、このスローガンに対する批判は報道されなかった。

新型コロナの際、エッセンシャルワークという言葉がよく言われ、職業差別意識を批判する言説がマスコミをにぎわしたが、世間の意識は変わっていない。

 

当時の損保ジャパンのリストラが、介護の仕事は損保の仕事より下とみて、SONPOケアへ行くか、自主退職するかを選ばせたのなら、「職業差別意識を利用した巧妙なリストラ」=「介護会社を追い出し部屋として使った」と断じなければならない。

「損保会社に入ったのだから、損保の仕事がしたい」と声をあげたかった人もいるはずだし、介護業務に未来を見出そうと意欲を持って転属に応じ、そして現在、人手不足と言われる中で奮闘している人もいると思う。その声は、われわれ外部の者には聞こえてこない。内部の人にしても部分的にしかわからないだろう。当事者として転属に応じた人、転属を拒否し退職した人にも、その全体像はわからないだろう。

 

期待するのは無理スジと言うべきかもしれないが、損保ジャパン、SONPOHDあるいは損保ジャパン労組が、「どれくらいの人が、どんな気持で転属に応じ、あるいは転属を拒否して退職していったのか」を調査して公表してくれればと思う。

 

願わくば、世の人々の心の奥に潜む職業差別意識を利用したリストラが、「新たなビジネスモデル」にならないことを願う。

 

以上、私が日生の「ニチイ学館」買収の話を聞いて、最初に思ったことである。