斎藤貴男「レジスタンスのすすめ」


 

 

    イスラエル閣僚の核兵器使用発言


 さいとう・たかお 新聞・雑誌記者を経てフリージャーナリスト。近刊「『マスゴミ』って言うな!」(新日本出版、2023年)、「増補 空疎な小皇帝 『石原慎太郎』という問題」(岩波現代文庫、2023年)。「マスコミ9条の会」呼びかけ人。


 パレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスとイスラエルの戦争で、日本政府はハマス側を非難し続けている。他のG7各国(米英仏独伊加)によるイスラエル支持の共同声明への参加こそ見合わせたが、同国とは歴史的に蜜月関係にある米国、なかんずく近年はネタニヤフ首相と格別に親密なバイデン大統領の意向を考慮した姿勢に終始している実態は疑いようもない。

 すると筋の通らないことが起こる。イスラエルのエリヤフ・エルサレム問題・遺産担当相が11月初旬、ハマスとの戦闘をめぐり、「核兵器の使用も選択肢のひとつ」との旨を発言。ネタニヤフ首相は直ちに職務停止処分としたが、首相自身が前後して自国を「核保有国」と表現したことについて、日本の政府は特段の非難をせず、報道各社もごく小さな扱いだけで済ませた。

 イスラエルが核兵器を保有していることは公然の秘密だが、否定も肯定もしない曖昧な態度を続けてきた。したがってエリヤフとネタニヤフによる一連の発言は重大な意味を帯びている、にもかかわらず――。

 ロシア軍をウクライナに侵攻させたプーチン大統領が核兵器の使用を示唆した際との、この激しすぎる反応の違い、落差は、いったいどうしたことだろう。いや、そんなふうに首を傾げてみせるのもカマトトか。

 国際政治に道理もへったくれもありはしない、どこまでも食うか食われるか、損得勘定だけが重要なのだ、米国の思惑に忖度し、追従する以外の道があるものかと言いたげな、自称エリートたちのしたり顔が目に浮かぶ。それはそれで一面の真実かもしれない。絶望と引き換えに、認めるしかない気もする。

 だが、であるならば「正義」だの、「普遍的価値」だのといった美辞麗句を金輪際、口にしないでもらいたい。ごまかされ、操られるばかりの世界なんて、もうたくさんだ。