「正社員」の謎(4)

     

                        竹信 三恵子


 たけのぶ みえこ  朝日新聞社学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て和光大学名誉教授、ジャーナリスト。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)など多数。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。


  正しい社員、正しくない社員

 

 「正社員」が必ずしも多数派ではなくなる中で、「正社員」という言葉への疑問が目立つ。非正規比率が7割、8割の職場が当たり前になり、「非正規こそがレギュラー(正規)では」と言いたくなる状況が広がってきたからだろう。

 「正社員」は、正しい社員と書く。「それじゃ、私たちって正しくない社員なの」と非正社員から冗談半分で言われたこともある。

 そんな中で、「正しい」を避け、「典型社員」「非典型社員」と呼ぼうという気配り論も登場し、2018年の施政方針演説では、当時の安倍晋三首相が「「雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、非正規という言葉を一掃する」と強調するに至る。

 だが、一連の動きには、どこか違和感がつきまとう。「非正規」の言葉がなくなれば、それが「正しくない在り方」だということも忘れられてしまうのではないか。加えて、「不合理な待遇差」さえなくせば問題が解決するわけではない。大事なことは、いつクビになるかわからない短期契約の下で労働基本権も行使できず、働いても生計を立てられない働き手をなくすことではないのか。

 働き手たちからは当時、「非正規という言葉をなくす、というのは、正規も不安定・低賃金労働に落とし込んで見分けがつかなくすることなのでは?」という危惧も広がった。それはいま、個人事業主の増大などの形もとりながら、現実のものとなっている。

 「非正社員」という呼び名への不快感から逃げず、かつ、正社員も含めて働き手の労働権と生存権を回復すること。「なかったこと」にするのでなく、矛盾をしたたかに生き抜きつつ、目の前の現実を改善していくこと。問われているのは、そんな強さなのだと思う。