真山 民「現代損保考」

       しんさん・みん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


                            加速する少子高齢化と保険

           


  仰天するほどの出生率の低下

 

 Fertility rate: 'Jaw-dropping' global crash in children being born.、「“仰天するほどの”衝撃をもたらすことになる出生率の低下」、イギリスのBBC(イギリス公共放送)の健康・科学担当編集委員が2020年7月に報じたレポートの見出しである。

 出生率の低下により、世界の人口は2064年にピーク(約97億人)を迎えた後、今世紀末には約88億人にまで減少するという予測を、米ワシントン大学の研究チームが発表した。研究者たちは、社会に「仰天するほどの」衝撃をもたらすことになる出生率の低下に対して、世界は準備不足だと指摘している。

 「スペインからシンガポールまで『不毛な三日月地帯』が広がっている」と唱えたのは、人口学者で、現代および歴史的な世界の人口動向についてフィナンシャル・タイムズなど多くの新聞・雑誌に寄稿しているポール・モーランドだ。古代オリエントの文明と農耕の発祥の地である「肥沃な三日月地帯」と反対の意味で、ユーラシア大陸の西端のジブラルタル海峡から東端のジョホール海峡(マレー半島南端とシンガポール島とを隔てる海峡)まで横断すると、合計特殊出生率(*注1)が、その国の人口を維持するのに必要な水準(人口置換水準)の2.2未満の国を多く通ることになる、という(『人口は未来を語る』NHK 出版)。

 

 老いてゆくアジア

 

 ここで、アジア各国、日本、中国、NIES(韓国・台湾・香港・シンガポール)中国、ASEAN(タイ、マレーシア,インドネシア、フィリピン)、ベトナム、インドの合計特殊出生率と高齢化率の推移を見てみたい。

                  

 

 一目瞭然で、アジア全域で軒並み出生率が下がり、高齢化率が上がっている。2020年現在、アジアの人口は45億人を超え(この中には、それぞれ10億人を超える中国とインドが入っている)、世界の総人口の2分の1を超える。アジアの65歳以上の人口は4億1400万人と推定され、これはアメリカ合衆国の総人口(3億3140万人)より約20%多い。

 アジアの65歳以上の人口は2060年までに12億人を超えると予測されており、世界の10人に1人はアジア人老年者という時代を迎える。

 日本は、孤独死年6.8万人、空き家900万戸、認知症2040年に584万人。今さら確認するまでもなく、人口の減少と高齢化の進捗が際立っている。昨年、国内で生まれた子どもは72万6千人、2022年に80万人割れしてから、1年後には70万人すれすれに落ち込み、今年は70万人を割り込む可能性もある。合計特殊出生率は国連人口統計年鑑に掲載されている国204か国中188位、高齢化率(2022年現在)は29.9%、これはモナコの35.9%に次ぐ高い比率だが、モナコは3万人の小国だから実質世界一の老人国ということになる。

 65歳以上の孤独死が推計で年間6.8万人、空き家は全住宅の13.8%に当たる900 万戸、認知症が「前段階」を含めると2040年に3人に1人になると、日本は容易ならざる事態になっていると思わざるを得ない。

 前述のポール・モーランドは、日本を「史上最も速く高齢化が進んだ国」とし、こうも言っている。

 日本ではすでに800万軒の空き家がある。「東京はやがていくつものデトロイトに囲まれるかもしれない」(*注2)と、ある不動産業者がぼやいている。地方の状況はさらに悪く、かって学校が立っていたところにクマまでうろついている。村では子どもの数が減り、バスで遠くの学校まで通わなければならない。

 現代では子どもを持たない人も多く、家で孤独死し、しばらく気づかれない老人が3万人に及ぶだろうと推定されている。死後数週間、あるいは数か月経った死体が発見されたときに必要な清掃と消毒を行う事業が成長している(『人口で語る世界史』文春文庫)。損保はその費用と空室になった期間の家賃を補償する保険を売っている。

 

 日韓に共通する少子化の要因

 

 日韓両国の少子化の要因は共通している。仕事と子育ての両立が困難な労働環境、女性に偏る家事と介護の負担、さらに高額な教育費と住居費が、子どもを持つことを思いとどまらせている。 

 少子化の肝心な要因に手をつけずに、日韓両政府が進めているのが移民の受け入れ拡大、(日本の場合は外国人に対する「育成就労」の拡大)であり、岸田政権が成立を狙っている「子ども・子育て支援金改定案」である。この法案は、医療保険料に上乗せして「支援金」を徴収し、しかも高等教育や学校給食の無償化も、奨学金返済の負担軽減も盛り込まれていない。

 さらにヒトiPS細胞から精子や卵子をつくり、受精させる研究が京都大学のグループで続けられている。研究者はヒトの不妊治療に役立てようと会社を立ち上げ、投資ファンドから約4億円を調達している(朝日新聞5月21日)。

 三井住友海上は、凍結した卵子を対象とする保険を4月に販売した。医療機関で解かした時点で受精できない状態になっていたら採卵や凍結にかかった費用を補償する。卵子凍結には高額の費用がかかり利用をためらう女性もいる。新しい保険で経済的ハードルが下がれば、普及を後押しする可能性があるというわけだ。

 卵子1個あたり2万5000円を上限に保険金を支払う。採卵や凍結にかかる費用は総額で約30万〜50万円とされる。一度に最大20個程度採卵できるため、全ての卵子が使えない状態になった場合にはほとんどの費用を保険でカバーできることになる。凍結卵子にかける保険は国内損害保険会社では初めてという(日経2月20日)。

 しかし、日韓政府の移民政策や「子ども・子育て支援政策」は弥縫策であり、精子・卵子をつくる、あるいは保護する方法も少子化を止めるに決定打にはならないだろう。

 そうしている間に、少子高齢化は、生保にとっても損保にとっても、ボデーブローのように保険料と契約件数の減少につながるかもしれない。例えば、終身保険にしても定額保険にしても、独身者は入らないだろう。60平方メートか70平方メートルのマンションが1億円近くもすれば、購入する人もおらず、火災保険も売れなくなり、老朽マンションばかりが増え、それは水漏れ事故の増加となり、火災保険の収益悪化につながり、それをカバーしようと、損保は火災保険料の値上げを今後もしばしば行うことになるだろう。

 

 注1 合計特殊出生率 一人の女性が一生の間に出産する子供の人数。15~49歳までの全女性の年齢別出生率を合計した人口統計の指標。

 *注2 デトロイトは治安が悪いことで知られ、「アメリカinfo」というサイトは、全米の」治安の悪い50都市中ワースト7位にランクしている。