今月のイチ推し本

 『自壊する欧米―ガザ危機が問うダブルスタンダード』

内藤正典 三牧聖子 集英社新書


                       

         岡本 敏則

 

    おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 5月13日米国サリバン大統領補佐官はガザでのイスラエルのジェノサイドに対して「我々はジェノサイドとみなしていない。そのような主張を断固として否定してきた」と記者会見で述べた。すでに4万人近くの住民が殺され、その多くは幼児女性である。本書はこのような情勢の中で緊急に出版された。

 内藤氏(1956年生 同志社大学教授、一橋大学名誉教授)はトルコを中心とした中東研究とヨーロッパのムスリム移民研究を専門としている。三牧氏(1981年生 同志社大学准教授)は先月号に引き続き登場。アメリカ政治外交政治研究が専門。欧米は「自由と民主主義」「法の支配」と事あるごとに主張しているが、ガザで行われているジェノサイドについては「イスラエル支持」を鮮明にし、そのダブルスタンダードが世界のモラルを破壊している。「ガザ」を理解するうえで、筆者がピピときた箇所をピックアップしてみた。

 

 ◎トルコ・エルドアン大統領=2023年10月28日、パレスチナ支持の大規模な集会が、イスタンブールで開かれた。エルドアンのスピーチは明解で、イスラエルがやっているのは戦争でなく、虐殺であり、欧米諸国が停戦におよび腰なことを激しく非難した。ハマスはパレスチナ解放運動の主体であってテロ組織ではないと言明した。そして同年12月27日、学術団体との会合で、ベンヤミン・ネタニヤフ(イスラエル首相)をヒトラーにたとえたが、ヒトラーとの違いはアメリカなどの西側諸国が支援していることだと言い切った。

 

 ◎難民問題とレイシズム=欧米諸国がイスラエルに断固とした姿勢を取らない一つの理由は、ガザから難民が流出しないからである。閉じ込められていて、流出できない。大規模に難民が流出すると、欧米諸国の政権は難民の到来によって治安が悪化し、野党から批判されるのを恐れる。だから、嫌々でも何らかの対応を迫られる。ガザに関しては難民流出の心配をする必要がないのである。欧米諸国はイラク戦争やアフガン侵攻では、イスラム世界での戦争に加担し、多くの市民を犠牲にした。ヨーロッパ諸国では、ムスリムに対する差別と蔑視は、レイシズムとみなされず、容認されてきた。

 

 ◎ドイツ=ドイツによるホロコーストの反省、というものも、今、真剣に問われている。今のドイツには、イスラエルが国家存立のために取る行動を批判することは、「反ユダヤ主義」だという言論統制に近い状況が生まれている。かつてユダヤ人の命を大量に奪ってしまった過去を持つ自分たちは、決してイスラエルの安全を脅かすようなことはしてはならない、と。現実には、「自衛」と言った言葉では到底正当化できない軍事行動で、大変な数の犠牲者が生まれているのに、その現実から目を背け続ける。そういう態度をとることで、現在進行形で起きているガザでの虐殺を容認し、さらには後押しすらしている。「自由、寛容」と言ってきた欧米社会で、イスラム教徒の自由や、イスラム教徒への寛容の問題となると、平気でこれらの価値が放棄される。奪われているのが、白人やキリスト教徒ではなく、有色人種でイスラム教徒の命や自由であれば、ここまで冷淡に、無関心になれるのか。ドイツでは「フリー・パレスチナ(パレスチナ解放)というのは、ハイル・ヒトラーと同じだ」と言うラッパーが人気を博している。緑の党のハベック副首相は「パレスチナ支持を表明するものにはドイツに居場所を与えない」とまで言う。完全な言論封殺、それが正当化されているのは、そうした主張は「反ユダヤ主義だ」ということにしてしまったからだ。

 

 ◎アメリカ=2023年12月4日、共和党リンゼイ・グラム上院議員、パレスチナでの犠牲者が多いことを問われて「パールハーバーの後、米軍の攻撃で東京が壊滅しようと、東京で何人死のうと、誰が気にしたというのだ?」「ベルリンやドレスデンで何万人殺しても、東京、広島、長崎で何万人殺しても、戦後ドイツも日本もアメリカに逆らわなかったじゃないか」「それはドイツや日本がアメリカのおかげで民主主義を学んだからである」「アメリカやイギリスの指導者は、ドイツや日本の子供たちが反米テロリストになることを恐れていなかった」「GHQ、またやろうぜ」「ガザはパーキング・エリアになるだろう」。

 

 ◎犠牲者意識ナショナリズム=韓国イム・ジヒョン教授が提示した重要な概念。「戦争や植民地支配、ジェノサイドといった前の世代の集団的な犠牲の経験や記憶を継承した後の世代が、自分たちは悲劇の『犠牲者』だとして、今の自分たちの政治的な立場を正当化するナショナリズムのこと。此のナショナリズムが支配的な国は、いつまでも自民族の過去の悲劇や犠牲を強調し、自分たちを『犠牲者』と位置づけ続けることで、今、自分たちが遂行している政策の問題性や加害者を隠蔽してしまう」「日本も、アジア・太平洋戦争に関する公的記録においては、空襲、沖縄戦、原爆など、自らが被害者であることが強調され、アジア諸国に対する加害への注視や認識が相対的に希薄な『犠牲者ナショナリズム』」の一例として分析されている。イスラエルについては「過去の犠牲の悲劇性を強調し、それをパレスチナ人への加害行為の正当化に用いてきたわけで、典型的な『犠牲者意識ナショナリズム』です。ホロコーストという過去にユダヤ人を襲った悲劇はパレスチナ人が起こしたものではないし、過去に自分たちが大きな犠牲を強いられた経験をもって、現在、ある集団に大きな犠牲を強いることは正当化できるわけではない」