守屋 真実 「みんなで歌おうよ」

                     


 もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 

                   


  若い人たち

 

 5月のある金曜日、いつものように首相官邸前で歌っていたら高校生くらいの男性二人が通りがかり、その内の一人がノリノリで曲に合わせて踊りだした。ちょうど「平和の暦」というリズミカルな曲を歌っていたときだ。初めはふざけているのかなと思ったのだけれど、信号が変わって歩きだしてからも振り返り、横断歩道を渡り終えてもまた手を振ってくれた。沖縄にルーツを持つ人だったのかもしれない。

 それから少しすると、今度は自転車に乗った20代位の男性が笑顔で手をあげて通り過ぎて行った。若い人からの好意的な反応はことさら嬉しい。

 さらにその夜、国会議事堂正門側で「未来のための合唱」の仲間たちと歌っていたら、バイクに二人乗りした若い人が信号で停車している間、リズムに合わせて体をゆすって一緒に歌ってくれた。これまでにも時々若い人が声援を送ってくれることはあったけれど、一日に三回も賛同の意を示してくれる若者がいたのは初めてだった。今日はラッキー・デイだったんだよと仲間に話したら、多摩地区で活動しているSさんも、「最近は若い人の反応が良くなっていると感じる」と言っていた。Sさんとは18日の沖縄復帰52年の新宿デモで「アンパンマンのマーチ」を歌いながら歩いたら、沿道から拍手してくれた若い女性たちもいた。今まで冷ややかに知らんぷりをして通り過ぎたり、うるさいと言わんばかりににらみつけて通ったり、デモなんて迷惑千万という表情の人が多かった新宿や渋谷でも、面白そうに見てくれる10代、20代が増えたように感じる。極わずかな兆しだけれど、本当に若い世代の反応が変わってきているように思う。

 昨年の入管法改悪の時も、イスラエルのガザ侵攻に反対する行動や共同親権法に反対する活動でも、むしろ若い世代の参加者が多い。「#さようなら自民党政治」などは、私みたいなおばさんがいたら邪魔かなと思うくらいで、隅っこで小さくなって話を聞いていた。言葉遣いや話し方は拙いなと思う部分もあるけれど、仕事やバイトを終えて疲れた身体で集まるのだから立派なものだ。大いに頑張ってほしい。

 

 以前は若い人たちが私たちの活動に参加してくれることを願っていたのだけれど、最近は考えを変えた。若者たちは彼らのやり方で、彼らがイニシアティヴを取って行動すればいい。むしろ、そうであるべきだと思う。高齢者中心の集会に参加する人の中には、旧態依然とした年功序列的感覚を持っている人も少なからずいる。66歳の私が若いと言われ、新参者のように扱われることもある。親切のつもりなのだろうけど、いかにも「教えてあげるよ」という口調の人もいるし、いちいち難癖をつける人もいる。私よりずっと年下の人たちが加わってこないのも当たり前だ。それに気づかない人たちは、何のために長く生きてきたのかと思う。世代間のギャップというのは、いつの世にもあったのだし、あっていいのだ。若者は大人を乗り越えて新しいものをつくり出していくのだから。

 大河だってもともと大きいわけではない。石清水が小川となり、川となり、たくさん集まって大きな流れになるのだ。高齢者は高齢者で、若者は若者でそれぞれに行動し、いざという時に世代を越えて結集すればいいのだ。そのためには、若者に疎まれない高齢者にならなければと思う。市民は権力に抗うことができるのだということを、抗っている人がいるのだということを知ってくれればよい。もっともっと若者に笑顔で見てもらえる活動を続けたいと思う。