真山 民「現代損保考」

       しんさん・みん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


     損保がビッグ・モーターに拘ったも一つの理由

 

    マスコミが知らない自賠責保険のうまみは「社費」

    損保全体に2千億円ものカネが入る仕組み 


  

     ビッグモーターの3つの業務分野

 

 7月下旬から8月中旬に、新聞、テレビ、週刊誌と、あらゆるメディアが取材合戦を展開した大手中古車業者ビッグモーター(以下BM社)の保険金不正請求問題、同社の業務は、①中古車販売、②自動車の整備・修理・車検、③保険代理店に及ぶ。いま同社は、それぞれの業務を監督する省庁の検査を受け、あるいは報告を求められているが、その結果によっては、重い処分が避けられない状況に置かれている。

 本号では、損害保険代理店であるBM社が、金融庁から保険業法に基づき受けた報告徴求命令から話を進めていきたい。

 

 保険業法に基づく報告徴求命令と業務改善・停止命令

 

 損保代理店であるBM社が金融庁から受けた報告徴求命令は、同社に代理店を委託していた損保ジャパン、三井住友海上、東京海上日動、あいおいニッセイ同和損保、AIG損保、共栄火災、日新火災の7社にも発令された(新聞報道によれば代理店委託契約を解約したのは損保ジャパン、東京海上日動、共栄火災の3社)。

 保険業法128条は「内閣総理大臣(実際は金融庁長官に委任)は、保険会社の業務の健全適切な運営を確保し、保険契約者等の保護を図るため、保険会社に対し業務又は財産の状況について報告又は資料の提出を求めることができる」と定めている。

 さらに、金融庁は損保と代理店の事業所に立ち入り、業務や財産状況等について質問し、帳簿・書類などを検査し、そのうえで、必要な場合は「保険会社に業務改善命令や業務の全部または一部の停止命令を出すことができる」(132条1項)とされている。

 

 何回も業務改善命令や停止命令を受けている損保

 

 この法令によって損保は、過去何回も業務改善命令や停止命令を受けている。特に2005年には、自動車保険の特約条項に係る約18万件にも上る保険金の不払い、翌2006年にも医療保険、がん保険、所得補償保険の第三分野商品について、10社計で3,585件、約11億円の不払いという業務違反を理由に業務改善命令や停止命令を受けている。

 こうした苦い経験がありながら、それをはるかに超える悪質な業務違反を損保は、またもやBM社と一連托生で起こしたわけだ。特に糾弾されるべきは損保ジャパンである。

 

 損保ジャパンが繰り返した軽率な動きと虚偽報告

 

 損保ジャパンは、BM社へ社員を37名も出向させ、扱い保険料の4割のシェアを占め、東京海上日動、三井住友海上などと比べて抜きん出た地位にあった。また、かっては二番目の大株主でもあった。

 その損保ジャパンがBM社に対してとった動きを時系列的に示せば、以下のとおりだ。

 ●2022年6月 BM社による自主調査。BM社に対し、損保ジャパン、東京海上日動、三井住友海上の大手3社が、関東地方の4板金工場を対象に自主的な調査をするようBM社に要求。さらにそれまで3社で競い合っていた事故車の紹介(入庫誘導)について、全33工場のうち25工場で停止する措置をとる。

 ●BM社が関東4工場の従業員に対してヒアリング調査を実施。ヒアリングでは、複数の工場の従業員から「工場長の指示で日常的に過剰な自動車の修理を行い、保険会社に対して過剰な修理費を請求している」との証言があり、3社がその報告を受ける。

 ●6月30日 ところが、BM社が3社に提出した自主調査の報告書は、出向者から聞いていた内容とは真逆で、「ヒアリングの結果、工場長などによる不正の指示は確認できず、水増し請求の真因は、事務連携上のミスや従業員の技術不足だ」という結論だった。

 ●7月 にもかかわらず、損保ジャパンの白川儀一社長は、「工場長から不正の)指示があったと把握しているという話が、出向者から私ども(経営者)のほうにも連絡があった」と語っている。

 ●2週間後の7月14日 損保大手3社が今後の対応について協議する会合を開催。東京海上と三井住友海上は、BM社のヒアリングシートの信憑性や追加調査の進め方が主な議題になると考えたが、損保ジャパンは、「追加調査を実施してもこれ以上の結果は得られない」「従業員本人が署名している以上、ヒアリングシートには信憑性がある」と応じる。

 ●3社協議の3日前の昨年7月11日、BM社の兼重宏行前社長が損保ジャパンの中村茂樹専務執行役員(当時)を訪問。しかし、中村氏が「なぜ従業員の証言内容が一変したのか」と兼重氏を問い詰めることはなかった。

 ●7月19日 損保ジャパンが金融庁に出向き、証言内容が一変した事実にはいっさい触れずに、不正の指示は確認できなかったと虚偽報告。

 ●7月25日 損保ジャパンがBM社に対する入庫誘導を再開。

 ●8月 損保ジャパンの動きに対し、BM社のヒアリングシートの信憑性に強い疑義を抱いていた東京海上が改めて工場の従業員に聞き取りをし、「不正の指示があった」という証言を引き出す。

 ●9月14日 東京海上日動の動きを聞きつけた損保ジャパンが、入庫誘導を再び中止。白川社長はのちに、入庫誘導再開の判断は「あまりに軽率だった」と報道陣の前で陳謝。

(以上、「東洋経済オンライン」8月18日号に拠る)

 BM社の証言内容が報告書で一変したことを知りながら、損保ジャパンの経営陣は、最終的なゴーサインを出していたことになり、その経営責任は重大と言わなければならない。

 ライターのマライ・メントラインさんは、損保ジャパンは「加害者と結託して尻馬利権に乗っていたのが状況がまずくなったら、被害者しぐさに転じた」と指摘する。(朝日新聞7月28日)

 

 

 自賠責保険の「うま味」は「社費」損保全体で2千億円近く

 

 まさに毒を食らわば皿まで、損保ジャパンがここまでBM社にこだわったのは、扱い保険料を減らしたくないからだが、もう一つ注目しなければならないのは、車検にともなう自賠責保険料の「社費」といううま味のためだ。この点はマスコミもほとんど触れていないが、実は、この「社費」こそ、自賠責保険の「うま味」の核心なのだ。

 自賠責保険は、被害者保護を目的とした社会保障的性格を持っていることから、保険料の算出にあたって適正原価主義を採用し、営利目的の介入を認めない「ノーロス・ノープロフィット主義」、損失も利潤も生じない保険料を設定する考え方に立っている。確かに、自賠責保険は火災保険や任意の自動車保険と違って、事故が少なく損害率が低ければ収益が増す保険ではない。

 しかし、自賠責保険料の構成は下図のようになっており、損保は自賠責保険を扱うごとに、契約の事務処理や損害調査に充てられる費用という名目で社費というカネを手にすることができる。その額たるや1件当たり5,056円、因みに2021年度の自賠責保険の契約台数は、損保全社で約3913万台だから、損保は全社で約1978億円ものカネを社費名目で手にしているわけだが、ほとんどのマスコミがこの点に気づいていない。BM社で扱い保険料の4割を占めていた損保ジャパンが、同社の不正を把握していてもズルズル事故車や車検車両の持ち込みを続けていたもう一つの理由もここにあるが、その他の損保の及び腰のわけも同様である。