暇工作「生涯一課長の一分」


    ひま・こうさく 元損保社員・現在個人加盟労組アドバイザー        


    ビッグモーターと暇

 

 暇が営業社員だったころ、ビッグモーターはリトルモーターだった。モータリーゼーション真っ盛りで、雨後の筍のようにあちこちに整備工場代理店が誕生した時代だ。保険会社が競って整備工場なら委細かまわず代理店に仕上げたものだ。

 ある日上司が言う。「今日は営業数字の締め切り日です。自動車保険が100万円程予算に足りません。暇さん、あなたの力で夕方までになんとか達成してくれませんか」。

暇は懇意の整備工場代理店へと向かう。店主は「ああ、いいよ、そこいらにまだ保険付けていない車があるから」とか言いながら数件の申込書を書き上げてくれる。そういう代理店を2,3軒回れば100万くらいの目標は短時間で達成できる。そんな時代だった。

しかし、その後が怖い。こちらに「貸し」を作った整備工場側から数週間後に事故報告がくる。「人里離れた山中で車が崖下に転落し、車両は全損。運転手は転落前に車体から逃げ出して無事」と。差し出した保険料への見返り要求である。当時は油断すると、こんなやりとりが多発したアブナイ時代だった。

ビッグモーター事件は、こうした保険会社と車販売・整備会社代理店との構造的関係が、基本的に現在も維持継続されていることを改めて示した。保険会社側は保険料収入とアンダーライティングという背反的機能に悩みつつも、やはり「保険料収入」へ傾斜するという「性」(さが)は消せないのだと。

暇の時代の悪事は「数十万円の保険料と数十万の保険金の交換」とう単純で荒っぽい、見え見えの方式だったが、ビッグモーターでは(ゴルフ愛好者を冒涜しながら?)ゴルフボールなどで事故の被害を拡大している。車一台ごとの詐取した保険金は車一台を崖下に落とすなどに比べれば少ないが、数でこなして稼ぐからスケールはこちらの方が巨大だ。「ビッグ」たる所以である。

さて、先述の、崖下転落事故を作った整備工場店主である。彼の行為は時を置かずに発覚して、すぐさま社会的制裁を受けた。小悪はすぐにばれる。だが、ビッグモーターの方は発覚・摘発まで何年、何十年もかかっている。実態としては保険会社側も監督官庁も十分実態を知っていたはずなのに、である。なぜ、誰も摘発する勇気を持たなかったのか。なぜこんなに時間がかかったのか。

暇は思う。悪事はスケールが大きいほど摘発しにくいのだと。誰もが指摘する勇気を持てないのだと。悪は大きければ大きいほど正義の仮面を被って大手を振って歩くのだと。

「殺人狂時代」という名作映画がある。そのエンディングでチャップリンは有名なセリフを吐く。「一人殺せば殺人者だが、百万人殺せば英雄だ」。