真山 民「現代損保考」

       しんさん・みん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


 

                 メガ損保脱炭素国際団体脱退の背景 


 NZIAからメガ損保がそろって脱退

 

 アクサ、アリアンツ、チューリッヒ、ミュンヘン再保険などネットゼロ・インシュアランス・アライアンス(NZIA)の設立メンバーの相次ぐ脱退に続いて、日本の東京海上HD 、SOMPO HD、MS&ADインシュアランスHD、のメガ損保も脱退を表明した。

 2021年夏に仏アクサが議長となり、独アリアンツや伊ゼネラリなどに再保険会社を加えた欧州8社でスタートしたNZIAは、最大時で31社までメンバーを増やした。しかし、今年3月に独ミュンヘン再保険、4月にスイスのチューリッヒ保険と独ハノーバー再保険、5月には独アリアンツ、英ロイズなど4社のほか、仏スコール、豪 QBEが離脱した。日本のメガ損保の脱退はこれに倣った格好になった。

 

 NZIAとGFANZ

 

 NZIAは、2050年までに温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指す金融機関の有志連合であるGFANZ(ジーファンズ Glasgow Financial Alliance for Net Zero))の7つの構成団体の一つ。GFANZは、21年4月に英イングランド銀行前総裁のマーク・カーニー氏が提唱して発足した。21年の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で、脱炭素に向け100兆ドル(約1京3300兆円)の資金を拠出できると公表し、注目を集めた。GFANZの下に、生保、銀行、資産運用会社などが加盟する団体があり、日本の大手生保、メガバンク、三井住友トラストHD、野村HDなどが加盟した。          

 日欧保険の脱退の背景

 

 「100兆ドルの資金提供が可能」などと華々しくスタートしたGFANZだが、その後の歩みは順調とはいえない。2022年には、オーストラリアの建設業界の年金基金で700億豪ドル(約6兆5000億円)を運用するシーバススーパーが、ネットゼロ・アセット・オーナー・アライアンス(NZAOA)から脱退。続いてオーストリアの年金基金で、13億ユーロ(約1800億円)を運用するブンデスペンシオンスカッセが、加盟元のパリ・アラインド・アセット・オーナーズを脱退した。そうしたところに、今年に入っての日欧の大手保険企業のNZIAからの脱退である。その背景には、ESG(環境・社会・企業統治 *注)を巡る米国内の対立がある。

 

 米国でエスカレートする「反ESG」運動

 

 これについて、「ステークホルダー民主主義」を掲げる(株)Proxy Watcherの松木耕代表取締役は、マーケット・投資の情報を発信しているマクネリ(マネー情報のクリップ)の「アクティビスト・タイムズ」紙上で、以下のようにレポートしている。

 米国国内では2022年から事業活動にESG(環境・社会・ガバナンス)を取り入れる企業や投資家に対抗する「反ESG」運動が激化している。ESG投資推進派による気候変動対策の実行や多様性のある企業職場の実現という価値観に反発するグループや政治家がESG投資を行う事業者を強く批判し、その動きは立法手続きにまで及ぶようになった。

 

 米ABCニュースによると、2023年4月25日時点で米国の9州でESGに関心の高い投資家や企業との取引を阻止する「反ESG法」が可決された。その内容は、ESGに関する方針を持つ企業、年金基金、保険会社や資産運用会社と各州が取り交わす契約や取引は、化石燃料を扱う企業や銃器産業など、特定の企業への「不当なボイコット」とみなされ、認められないというもの。法案が可決された州では年金基金が大手金融機関から資金を引き上げた。この動きは反ESGメッセージを打ち出す豊富な資金余力や繋がりを有する団体、反ESG法案を推進する共和党議員に主導されている。

 英紙フィナンシャル・タイムズも「共和党が機関投資家の投票を批判する米国で、気候変動対策に関する投資家のサポートは勢いを失っている」と報じている。さらに、来年の米国大統領選挙が近づくにつれて ESGの枠組みの拡大に対抗するために、多くの州で反ESG州法を提案または採用する流れが加速する可能性が高いという見方も強まっている。

 

 メガ損保のNZIA脱退の理由

 

 保険についても、5月にテキサスなど米国の23州の司法長官が連名でNZIAの加盟社に宛てて「保険会社の気候変動対策に懸念を抱いている」という内容の文書を出した。顧客に排出削減を求める保険会社の動きが独占禁止法に抵触する可能性があるというのだ。「商品やサービスの高コスト化を引き起こし、住民の経済的苦境をもたらしている」ともつづられていた(日経電子版 2022年5月30日)。

 日本のメガ損保がNZIAに加盟したのは、東京海上HDが昨年1月、MS&ADインシュアランスHDに至っては昨年6月に加盟、その際「当社グループはNZIAに加盟し、保険引受ポートフォリオにおける脱炭素化の国際的なルールの策定や企業の脱炭素支援を通じて、社会全体のネットゼロ移行に貢献する」と抱負を述べていたが、そのわずか1年後の豹変である。

 メガ損保のNZIAからの脱退は、「加盟を続ければ訴訟リスクが高まり、米国のビジネスに悪影響が出かねない」と判断し、「世界一の損害保険市場である米国の政治情勢を無視できなかった」からというが、世界の気候正義への反逆ではないか。とりわけ、日本は先月初め、四国から東海にかけて「線状降水帯」が相次ぎ発生し、各地で平年6月ひと月分の雨量を超える豪雨に見られるように、世界の化石燃料の大量消費による地球温暖化の影響が極めて大きい国である。それは火災保険など損害保険の収支を悪化させている要因でもある。損保のビジネス論から見ても、地球温暖化を止めることには合理的メリットがある。それを主張することもなく「世界一の損害保険市場である米国の政治情勢を理由に、脱炭素同盟の加盟から1年余りで脱退する」メガ損保の顔は、いったいどこを向いているのだろうか。

 

 

*注 ESG 環境( Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance 統治・管理)の頭文字を合わせた言葉。企業が長期的に成長するためには、経営においてESGの3つの観点が必要だという考え方。