盛岡だより」(2023.5) 

 

       野中 康行 

  (日本エッセイスト・クラブ会員・日産火災出身)


                                 

                                      シャボン玉

 ♪ しゃぼん玉 とんだ/屋根までとんだ/屋根までとんで/こわれて消えた

 

 もう70年以上も昔になるが、石けんを洗面器に溶いてシャボン玉をつくって遊んだものだ。石けんが悪いのか溶かし方が足りないのか、それとも麦わらのストローがよくないのか、滴ばかりが落ちてよくふくらまなかった。

 それからずっと後、娘が生まれたときには溶液とストローがセットで売っていた。

娘はストローの先から出るシャボン玉に手を叩いて喜び、浮かんで流れていくシャボン玉を追いかけ、はじけて消えるとケタケタ笑ってよろこんだ。

 

 ♪ しゃぼん玉 消えた/飛ばずに消えた/生まれてすぐに/こわれて消えた

 

 童謡『シャボン玉』(作詞・野口雨情 作曲・中山晋平)は、日本人が好きな童謡のなかで常に上位にある歌である。1922(大正11)年に発表されたこの歌、生まれて100年が経った。

 雨情の人生は決しては幸せだったとはいえない。父の事業失敗とその死で家督を継ぎ、家を守るために資産家の娘と政略結婚をさせられ、その結婚生活も破綻する。

「おれは河原の枯れすすき 同じお前も枯れすすき……」と詠った『船頭小唄』は人生の哀愁を詠ってヒットしたが、他の作品『あの町この町』『雨降りお月さん』『赤い靴』『七つの子』『青い目の人形』などの童謡にも、自身の寂しさや悲しさがにじみ出ている。

 雨情は、生まれて8日目に娘を失った。この歌は、フッと消えてしまったわが子をシャボン玉に託して創ったともいわれている。

 

 ♪ 風 風 吹くな / しゃぼん玉 とばそ

 

 この歌は、子どもたちの遊びの歌である。

 子どもたちが「お願い。風さん吹かないで。みんなでシャボン玉遊びをしてるんだから……」と、かわいい子どもたちの情景が思い浮かぶが、雨情の「安らかに眠る子をそっとしてあげて欲しい」と訴えているようにも、子どもには「ずっと一緒だよ」と語りかけているようにも聞こえる。

 この歌をスローテンポで歌うと、中山晋平の曲風である、賛美歌にも民謡にも似た愁いの帯びた歌になる。どちらで口ずさむかはその人によるだろうが、たまに口ずさむ私はいつもスローテンポである。

 

 私が口ずさむのは、決まって逝ってしまった妻や両親・妹のことを考えているときである。歌うから思い出すのか、思い出すから口ずさむのか。

 

 ただ、そのとき思うことは、亡くなったどの命も虹を映してたよりなく漂よい、音もなく消えてしまったシャボン玉のようだった、ということである。