真山  民「現代損保考」


             テクノロジーの発達と高齢者に寄り添う介護とは          

 損保も生保も介護事業に参入している。SOMPOホールディングス傘下のSOMPOケアは、施設数でトップ(400施設)、売上高では1366億円と、ニチイ学館に次ぐ業界2位の位置にある。一方で、高齢者の福祉や介護のあり方が社会的課題になっている。今月はその問題についての一稿である。

 

 「2025年問題」を2年後に控え・・・

 2025年は1947年~49年生まれの団塊の世代が全員後期高齢者になる「2025年問題」の年である。その人数は600万人、その前の3年間の1944~1946年生まれの世代が75歳に達した時の1.5倍の人数に相当する。

 この「2025年問題」を2年後に控え、65歳以上の認知症者数は、2020年には約602万人(各年齢の認知症有病率が一定で推移した場合の比率。認知症有病率が上昇の場合は631万人)、2025年には有病率が一定の場合は675万人、有病率が高まれば730万人が認知症となり、さらに2030年には、それぞれ744万人、630万人、2050年には797万人、1016万人と1000万人に達すると予測されている(『平成29年高齢者白書』)。

 

 介護人手不足に「デジタル化で対応」 

 これに対して介護の人手不足は深刻で、厚労省によると、2023年度には22万人、2040年度には69万人分の職員が不足すると推計されている。 

介護職の深刻な人手不足に対して、大手介護企業がとっている対策がIT(情報技術)、ICT(情報通信技術)、あるいはAI(人工知能)といったテクノロジーの活用だ。日経は「高齢者向けテックの開発動向と見通し」について、つぎのように報じている(「老いに寄り添うAI、高齢者との自然な対話 健康状態も把握」2022年9月12日)。

 ●2000から2010年代 介護ロボットや見守りセンサーなどで高齢者の生活を支援。デバイス開発や実証研究が盛んに。

 ●2020年代 AIやVR(Virtual Reality コンピューター技術を用いて作り出された擬似的な空間・環境)、アバター(システム内で利用者の分身として画面上に登場するキャラクター)の活用で高齢者を支える技術が多様化し、スマホアプリでより身近になり、実サービスへの導入が増える。

 ●2040年ごろ 人間に代わってロボットが身の回りの世話や外出をサポート。幅広い支援技術が本格的に普及。2050年ごろ ロボットやAIが生活の支援から健康状態の把握、話し相手や心のケアまで行う。

 

 介護にメタバースを活用

 こうした介護テクノロジーは介護職の人材不足を補うだけでなく、介護患者の身体、身の回りの世話から心のケアの面でも活用が可能と期待されている面もある。経済学者の野口悠紀雄は『2040年の日本』(幻冬舎新書)でこう述べている。

 メタバースを通じて交流を行い、精神面での改善に寄与することも期待される。映画「アバター」では、主人公は体を動かすことができないのだが、仮想空間では大活躍する。これと同じような経験が、普通の人にもできるようになるかもしれない。

 メタバースとは、コンピュータの中に構築された3次元の仮想空間やサービスのこと。将来インターネット環境で到達するであろうという概念で、利用者は3次元コンピュータグラフィックスの仮想空間に世界中から思い思いのアバターという自分の分身を参加させ、相互に意思疎通しながら買い物や観光をしたりして、そこをもう一つの「現実」として新たな生活を送ることが想定されている。

 

 テクノロジーに過度の期待は禁物だが・・・・

 2040年代、2050年代の将来におけるテクノロジーの発達を見越して、大手介護企業は厳しい環境の変化に対応し、データとデジタル技術を活用し、顧客や社会のニーズをもとにビジネスモデルを変革して業界で優位に立とうと努めている。IT・AI等を総合したDX(デジタル・トランスフォーメーション)によるサービスとビジネスモデルの変革もその一環だ。         

 (出所:厚生労働省ホームページ)

 

 たとえば、介護業界2位のSOMPOケアの取り組みはこうだ。

 ●米新興データ解析会社パランティアに540億円を出資して、合弁のデータ会社を立

ち上げ、3万人超の介護データを使って利用者の状態を予測する仕組みを構築。ベテラン介護職員の「匠(たくみ)の技」をだれでも使えるようにし、社内に眠る情報資産を生かして、介護の質を高める(日経 2022年5月26日)。

 ●米マイクロソフトの仮想デスクトップSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)である「Windows365」を導入。介護施設の入居者のデータ分析のセキュリティー強化をめざす。今年度から本格的に事業を開始する「介護RDP(リアル・データ・プラットフォーム)」の開発にWindows365の仮想デスクトップを使用し、収集した入所者の介護データを分析し、最適な介護につなげる(日経×TECH 2023年3月🈩1日)。

 ※仮想デスクトップ コンピュータのデスクトップ環境を拡張するソフトウェアの一種。デスクトップの数、あるいは領域の拡張を行う。

 

 ロボットやAIは介護患者に寄り添えるのか?

 見守り(離床や転倒をセンサーで探知)、移乗(ベッドと車いすなどの間の移乗をパワーアシストスーツで補助)、外出(電動モビリティーによる移動支援)、排泄(排泄をセンサーで探知したり、排泄物をロボットで自動処理)、あるいは介護記録や事務処理のソフトウエア化といった領域からロボットやAIによる高齢者との会話、さらにメタバースとの交流による精神面での改善への寄与など、デジタル、IT・ICT、AIの活用領域は無限に広がっていく期待がある一方、不安や警戒の声も少なくない。

 何より問題なのは、こうした先進技術を導入した介護施設に入居できる人は富裕層、余裕層に限られることだ。そのことは毎日のように新聞に折り込まれるベネッセとかSOMPOケアのチラシにある介護付きホームやサービス付き高齢者住宅の料金を見るだけで分かる。

 最近配布されたSOMPOケアの広告を見ると、20㎡強の部屋の月額料金が592,400円、30㎡強の部屋で839,500円もする「介護付きホームラヴィーレグラン四谷」のような例もある。これほど高額でなくても月額20万円から30万円かかるのが普通であり、年金生活でこれだけのカネを毎月払っていくのは容易ではない。

 

 第2に、より根本的な疑問として、介護は人間の尊厳を重んじなければならない仕事だけに、技術の導入が一足飛びには進まない、あるいは技術が要介護者の尊厳を踏みにじりかねないことがあることを注視しなければならない。要介護者に真に寄り添い、発達するテクノロジーを有効に生かして、ぬくもりや共感が得られる介護を生み出すことができるか?それは介護に従事する職員にとどまらない国民全体の問題でもある。