昭和サラリーマンの追憶 

              

      

 

           前田 功


 物価・春闘・最低賃金

 

 この30~40年、物価はあまり上がらなかったが、賃金も上がらず、実質賃金では下がってきていた。ところが、この数カ月、物価が猛烈に上がっている。たまに行くスーパーやコンビニでは、数カ月前98円だったカップ麺が138円。298円だった弁当が384円になっていたりする。

 

「連合傘下の大手労組の春闘は平均数%のアップ」「トヨタ・日産・ホンダ、満額回答」

これらのニュースを聞いて、「これはいいぞ」「賃上げと物価高の好循環が生まれて・・・」と、感じた人も多いと思う。しかし、筆者は嫌なことを思い出した。小泉や安倍の参謀だった竹中平蔵(経済学者の仮面をかぶった悪徳政商)が言い出したトリクルダウンという屁理屈だ。

 ニュースで語られているトヨタや日産のような世界的企業や、連合加盟の大企業というのは、企業数で言うと日本の全企業の僅か0.3%。就業者数でも3割程度だ。この就業者は日本全体では、恵まれた層だ。恵まれた人にますますの恵みを、そうすれば水が溢れてしずくが滴り落ちて下層も潤うというのが竹中の説明だったが、それがウソだったことはこの10数年を見れば誰にもわかる。

しかし、続いた「日本商工会議所(以下、日商)加盟の中小企業も6割が賃上げを予定している」というニュースを知って、「これは期待できるかもしれないぞ」「これはいい展開だ」と、最初思った。

 

 ただ、あれこれ調べてみると、これもアヤシイ。

「中小企業も6割が賃上げを予定」という調査は、日商の会員のうち3308社の回答に基づいてのもの。これが日本の中小企業の実態を反映しているとはいえない。日本には、中小企業が350~360万社くらいある。

日商のHPによると日商がカバーしているのは大企業も含めて123万社。123÷360。全中小企業の3分の1が参加している団体の中のさらに3,000社余りの回答だけで、中小企業全体が賃上げしようとしていると判断することはできない。

 

 昔は、春闘というのは社会を大きく動かす力があったように思うが、今はそうは思えない。最大労組「連合」の弱体化・右傾化が大きな原因だと思う。働く人にもいろいろあるが、労働者に分類される人の数は6,000万人余り。そのうち「連合」の組合員総数は約700万人、全労連が約70万人、全労協約が9万人である。労組に入っているのは、労働者の10数%しかいない。5000万人は組合に入っていない。春闘のメリットを受けているのは、恵まれた層なのである。

 

 岸田や財界の連中の論理に沿って考えてみても、この恵まれた人たちの賃金を上げることが、国内消費を押し上げて、経済に貢献すると言えるのだろうか。

大手労組員の中にも日々の生活に困っており、給料の上がった分は直接消費に向けるという人もいくらかはいるだろうが多くはない。恵まれた層の賃上げ分の多くは、貯蓄に回るのではないか。貯蓄に回れば、大企業の内部留保だった資金が、家計の貯蓄に回るだけだ。消費プッシュの経済効果は少ない。

 岸田は、中間層に、上場株式やそれを組み込んだ投資信託などに投資して収入を増やせと言っている。その投資で株価を上げ、株主層をより潤す。その意味では大手労組員の給料を上げることは、政策として整合性があるのかもしれないが、腹立たしい。

現在発表されているところまでの春闘結果は、財界やこのところ自民党へのすり寄りが目立つ「連合」が、岸田の賃上げ提唱に応えただけ、というふうに見える。「官製春闘」という言葉がピタリとくる。

 

 問題は、投資する余裕などない低賃金の中小企業従業員と非正規雇用の人たちだ。イオンが、グループに働く非正規社員40万人について時給を7%上げるというニュースもあったが、非正規雇用の人の総数は2千数百万人。非正規雇用の人たちが入っている地域ユニオンなどによる「非正規春闘」というのも行われたが、36企業に対して300人が交渉を申し入れたという状況である。

この層の賃金は、最低賃金に大きく左右される。最低賃金の1.1倍以下で働く人の割合は、この10年で倍増している。

 

 そこで、岸田首相に言いたい。官製春闘で、恵まれた労働者層にここまで賃上げができるのなら、恵まれない層に大きく影響がある最低賃金を大幅に上げることも、できるのではないか。

 「最低賃金を引き上げると、中小企業が困る」と言った言い訳は、なにもしないというのと同じだ。中小が賃上げできないのは、納入先である大手が納入品の価格を抑えているからだ。

(岸田は、「人件費をコストと考えないで・・・」などと言っているが、会計上コストはコスト。前述の恵まれた大手労組の組合員の賃上げは、中小の納入業者や下請けからの納入価格をさらに抑えて捻出するという大手もあるそうだ。)

 大手の中小企業いじめを厳しく規制・監視することで、最低賃金アップは可能になる。

 

 最低賃金の引き上げはこれからだ。「全国平均を1,000円に」などとみみっちいことを言わず、今年の改定で、「全国一律1,500円」。これを首相が先導すべきだ。これについてなら、彼の好きな言葉、「異次元の」を使うことも許される。