斎藤貴男「レジスタンスのすすめ」


 

 

      同時代を掘り下げる意味

 トランスジェンダーのトイレ問題を調べていて、「文京区小二女児殺害事件」を知った。1954年4月、東京都文京区の公立小学校で、7歳だったK子さんが暴行・殺害された事件である。

 犯人は当時20歳のヒロポン(覚醒剤)中毒者。たまたま学校の周辺で尿意を催し、校内に入り込んで用を足していたところ、同じトイレにいた彼女を発見し、犯行に及んだ。

 それまで男女共用が一般的だった学校のトイレは、この事件を機に男女別へと切り替えられていった。だから今、女性スペースを安易に解体してしまうのは危険だ、という議論が導かれ得るし、私もそう考えている。

 ただし本稿では、事件がもたらしたと思われる、もう一つの問題も指摘したい。いわゆる「教育二法」との関係だ。

 教育二法は、主に日教組による反戦・平和教育の規制を目的に、教職員の政治的行為を禁じた法制だ。高橋潤子氏の研究によると、かねて革新系政党はもちろん、保守系の緑風会も合わせて反対勢力が優勢だった国会内外の空気は、同事件を境に反転。同じ54年5月の可決・成立へと、一気に運んで行かれたという。

 日教組が政治活動にばかり熱心で、子どもへの愛情がないからK子さんは殺された、などとする主張が新聞で横行し、危機感があおられた結果だったとされる。ところが興味深いことに、事件のあった学校では日教組活動が盛んでなく、担任の教員は組合員でさえなかったというのである(高橋「マスコミ報道が、教育二法の成立に及ぼした影響に関する研究」『福岡大学研究部論集』2019年12月より)。

 戦後10年もたっていなかった時期の事件であり、法制化だった。今日に至る流れの根深さがわかる。私たちはこのような同時代史をも掘り下げて学び、未来に生かしていかなければならないと、強く感じるものである。