真山  民「現代損保考」


                  育休取得と少子化対策に有効か?

          三井住友海上が育休職場応援手当を創設

育休取得で同僚に最大10万円手当

 「出産・育児を職場全体で心から祝い、快く受け入れて支える企業風土を醸成するため、育児職場応援手当(祝い金)を創設します」 3月17日、三井住友海上火災保険がリリースしたニュースである。

 社員が育児休暇を取る際に、職場の人数規模等に応じて育児休暇取得者本人を除く職場の全員に3000円から最大10万円の一時金「育休職場応援手当(祝い金)」を給付するという制度で、同一職場で複数名が育休を取得した場合も複数名分の一時金を給付する。運営開始は7月からで、7月以前に子が誕生した社員も対象に遡及して給付することを検討するという。

 

「支給対象は別途定める」とは?

 三井住友海上は、「将来にわたって経済や社会に影響を与える少子化への対応」として、(子ども・子育て支援法など)の法を上回る産育休期間の設定、独自の育児休業給付、短時間勤務や不妊治療等との両立支援制度の整備の設定、男性社員の育児休暇の1か月取得義務など、「子育て支援の制度を充実させてきた」と自賛している。

そのうえで、育児中の社員だけでなく、「会社全体で育児を支援する風土」を醸成し、気兼ねなく育児と仕事を両立して働き続けられるようにすることで、次世代社員も産育休を念頭にライフプランを設計できる「好循環」を作り出す、と述べている。

 このように三井住友海上は自賛するが、職場での受けは良くない。祝い金が当人でなく、なぜ同僚になのか?祝い金より代替要員の配置が必要ではないか。果ては、「人が減って忙しいだろうが、一時金も出すのだから残業も我慢してやってというのが会社の本音ではないか」という社員の声も聞こえてくる。また支給対象は「別途定める」とされているため、三井住友海上に在籍する4,000名ほどの臨時雇用者を含む全員に支給されるわけでもなさそうだ。

 

東京海上とSOMPOの育休制度

 他のメガ損保はどうか?東京海上日動火災は、「子育ては二人三脚、育休は自身も成長する好機として、社員が仕事と子育てを両立するための社内ネットワークの整備や福利厚生制度の充実などを進めている」という。

 ダイバーシティ先進企業を標榜する損保ジャパンでは、2003年に大手金融機関として初めて女性活躍推進専門部署を設置し、女性が活躍するうえでの様々なサポート体制を構築してきたという。例えば、社内のイントラネットの「妊娠・出産・育児ガイド」には、その時々における必要な申請手続きや支援策が掲載され、産育休前・産育中・復帰後に必要な手続きが本人のみならず、所属長も確認できる仕組みになっている。テレワークや時短勤務についても掲載され、「仕事と家庭の両立方法を考えることができる」としている。

 さらに出産後、育児に家族など周囲の協力は仰げるか、保育園など外部に委託できるかなどについて、自分の状況を可能な限り開示する、あるいは自分の仕事を「見える化」して同僚と共有する。残業できるのは何曜日で、どうしても早く退社しなければいけないのは何曜日といった、時間のやりくりについても周りが把握できれば解決することも多いと、これは人事部人材開発グループの担当者の話である。

 以上,メガ損保はSDGs(持続可能な開発目標)の掛け声のもと、女性社員の産育休について制度を定め運用を進めていることをみてきたが、実効が伴っているかについては検証が必要であろう。

 

男性の育休取得は?

 3月17日、三井住友海上が「育休職場応援手当」制度を発表した同じ日に、岸田首相は「異次元」と位置づける少子化対策を発表した─三井住友海上の「育休職場応援手当」は、これに符節を合わせ、受けを狙ったものではないかという声も聞かれるー

 対策は①若い世代の所得増、②社会全体の構造や意識を変える、③全ての子育て世代を切れ目なく支援、の3つ基本理念と8つの施策を柱としている。基本理念といい施策といい、まさに「異次元」。しかし目標や理念は立派でも財源をはじめ具体策に乏しく、岸田首相の力みだけが目立つ対策と批判を浴びている。特に目立ったのは男性の育休取得の目標で、「2025年に50%、30年度に85%に引き上げる」としている。

 三井住友海上の男性育休は2021年6月から始まり、「出生後1年以内に1ヵ月以上の育児休業または有給休暇を取得する」とある。「または有給休暇で取得」としているのは、「会社が有給休暇を使うように仕向けている(育休だと収入が減るなどと案内している)」という受け止めもある。さらに、2021年度の「男性育児休業」の取得率は86.4%だが、取得日数は平均6.8日に過ぎない(持株会社のMS&ADインシュアランスグループ・ホールディングスのアニュアルレポート)から、本当に「男性育休」に値するのか、疑わしいといえる。

 

スウェーデンの「パパ・クオータ制」

 ここで海外、特に育児休業制度が充実しているスウェーデンを見てみよう。スウェーデンが父親を含めた育児休業制度を導入したのは1974年、半世紀前のことだ。だが、すぐ父親の育児取得が広がったわけではなく、20年経過した95年時点でも、男子の取得率は10%に満たなかった。

 そこでスウェーデン政府が導入したのが「パパ・クオータ制」、クオータ(quota)とは「割り当て」という意味だ。スウェーデンでは、両親合わせて480日間の育休がとれるが、そのうちの90日間は父親に割り当てられており、これを取得しないと給付金を受け取る権利を失う。いまスウェーデンでは、育休はただ取るだけではなく、「長く取るべきもの」という認識が広がり、両親合わせて480日間の育休のう

ちの3割、160日ほどを男性が使うのが一般的という(朝日新聞の旬刊紙「GLOBE」2021年11月23日号)。

 

20~30年後、50~60年後の人口は

 金子勝立教大学特任教授が「子供よりミサイルの数の上回る『異次元の少子化対策』」という題で「日刊ゲンダイ」でこう述べている(3月1日号)。

日本は2005年に人口減少に入り、16年に100万人を割り、22年は77万人と減少と歯止めがかからない。このままでは20~30年後の出生数は38万人、その20~30年後には20万人を割り込む。アメリカに媚を売り、ミサイルを大量に買い込んでも撃つべき自衛隊員はおらずでは、笑い話にもならない。

 人口の推移の予測は、数ある経済予測の中で比較的容易に、かつ確実な数値が得られるという。日本の長きにわたる女性蔑視の家父長家族制度、子供は女性が生み、家で育てるものという政府と企業の指導者による古い役割論、男女平等女性度を示す「ジェンダー・ギャップ指数」が世界121位と過去最低である日本では、人口が減少するという予測は常にあったはずである。

 「上司は、女は結婚したら妊娠すると思っている。そうしたら辞めなければならない。専業主婦になれば自分の収入はなくなる。私みたいな女性にはそれができないんです」(『人口で語る世界史』ポール・モーランド著 文春文庫)

 こうした女性の不満、怒りは、三井住友海上の「育休職場応援手当」程度の制度や、予算など具体策に欠ける岸田首相の「思いつき少子化対策」で解決できるわけではないことだけは確かである。