「働く」はみんなのもの

     

    ジャーナリスト 竹信 三恵子


  家事労働とケア労働(1) なぞの嫌われ者

 

 「家事や育児や介護ができないのは女性として失格」。最近ではあまり聞くことがなくなったが、かつて、この社会では、そうしたことが堂々と語られていた。「家事や育児や介護は女性ならだれでもできる」という言説もあった。

 最近では「家事やケアは楽しい仕事」「人の生活を支える重要な仕事」というのもある。ただ、それが男性から発せられると固まってしまう。いくつもの疑問が浮かんでくるからだ。

 そんなに楽しいなら、なぜ自分がやらないで女性にやれというの? そんなに重要なら、なぜ育児のために会社を休むと、お荷物扱いにするの?

 それは女性差別かと思っていたが、最近はそれだけではないことがわかってきた。出産や子育てする母親社員に対する嫌がらせは「マタハラ(マタニティーハラスメント)」と呼ばれてきたが、実は「パタハラ」もあるということが、わかってきたからだ。

 子育てに参加しようとする父親に、会社が嫌がらせをして阻止しようとするのが「パタハラ」だ。

 男性が家事やケアに参加したがらないのは「男性=仕事」といった固定観念から男性が脱却できていないためと解釈されてきたが、厚生労働省の2020年の調査では、過去5年間に育休を取得しようとした男性労働者の26・2%がパタハラを経験している。

 つまり、男性にせよ、女性にせよ、家事やケアに関わる労働を行う者に対する懲罰がこの社会には存在する。私は2013年、『家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの』という新書で、そのなぞを解き明かそうとした。

 家事とケアへの嫌悪は、多様な働き方もゆがめる。この「嫌われ者」のなぞをめぐって、皆さんと考えて行きたい。