今月のイチオシ本


     『非戦の安全保障論』自衛隊を活かす会編 集英社新書

                       

          岡本 敏則

 


 「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司」

 

 ロシアがウクライナに侵攻して1年がたとうとしている。世界は大きく変わった。日本もキシダ政権により、台湾有事は日本有事、敵基地先制攻撃、軍事費の倍増(GNPの2%)、安保関連3文章の改定と、一気に軍事優先体制になった。鳩山元首相は言っている。「日米合同委員会で全ては決まる」。

 日米両政府は7年前の安保関連法反対の盛り上がりを再現させないために手を打ってきたという。野党の取り込みもその一環だろう。国会は、まさに大政翼賛会。

 

 本書は柳沢協二氏が代表を務める「自衛隊を活かす会(正式名称:21世紀の憲法と防衛を考える会)」が2022年4月1日に開かれた鼎談に基づき、6月時点での各執筆者の論考を加えてまとめられたものです。執筆者を紹介する。柳沢協二=(1946年生。元内閣官房副長官・防衛庁運用局長。国際地政学研究所理事長)。伊勢﨑健司=(1957年生。東京外語大大学院教授。PKO幹部として紛争各地で武装解除を指揮)。加藤朗=(1951年生。防衛省防衛研究所を経、桜美林大学教授)。林吉永=(1942年生。国際地政学研究所事務局長。元空将補。第七航空団指令。元防衛研究所戦史部長)。の四方。項目別でなく四方の発言・論考を圧縮しました。さて「どうする私たち」。

 

 ◎柳沢協二=ロシアのウクライナ侵攻を契機に、「防衛力の抜本的強化」とか「敵基地攻撃」「核の共有」といった勇ましい議論が幅を利かせています。しかも相手は軍事大国・中国です。だからこそ、異次元の防衛力強化をしなければ不安で仕方ないがないということかもしれません。「平和を欲するなら戦争に備えよ」ということです。戦争への備えで一番重要なことは、国民が被害に耐え、戦う意欲を持続することです。2022年7月の参院選挙の各党の公約を見ても、「中国との戦争の中で国民の命をどう守るか」に触れた政党はありません。ウクライナでは、国民が武器を持って戦い、軍を支援し、ロシア軍に抗議しています。命を落とした国民も多い。国防の本質は、「国民の命を守る」ことではなく「国民が命懸けで国を守る」ことだと気づかされました。信頼関係が国家と国民の間にないことが、日本の国防を不安にする最大の要因ではないか。政治家もメディアもそこに気づくべきです。

 

 ◎伊勢﨑賢治=日本では、自衛隊や日米同盟の議論をすると、すぐに憲法9条の護憲・改憲の議論になり、思考停止に陥ってしまいます。そうこうしているうちに解釈憲法だけが進み,平和憲法を戴く国家でありながら、交戦法規に関する法制がない異常な世界屈指の軍事国家に成長し、世界で一番戦争するアメリカに「自由出撃」させる唯一の親アメリカになりました。ウクライナ戦争は、日本国憲法と安全保障にかかわる議論を根本的にやり直す機会になると思います。何せ、共産党の志位委員長までが「日本有事の際に自衛隊を活用する」を発信する事態になったのですから。自衛隊を活用すれば、当然「戦闘」が起きます。自衛隊以外の主体も、それに動員されることなる。首相を頂点とする自衛隊に攻撃を命令するものを、事実上の「野放し」にする状態を、本来なら真っ先に問題にしなければならない野党が、この問題に沈黙したままで、こともあろうか「自衛隊を活用せよ」と言っていることです。

 

 ◎加藤朗=核抑止論を認めないとして、通常抑止を認めるのかという問題です。通常抑止を認めた場合、通常兵器による敵基地攻撃能力を認めるか、認めないか。敵基地攻撃も認めないとすれば、考えられるのは最小限拒否的抑止ということになります。最小限拒否抑止も認めないとすれば、非武装なのかということになる。非武装だとして国家の軍隊は認めないとしても、民兵組織なら認めるのか。民兵組織も認めないとしたら、完全な非暴力で抵抗するのか。非暴力であっても抵抗するのかそれとも無抵抗なのか。そもそも個人の信念である非暴力を誰が国民に義務化、共生できるのか、それこそ暴力ではないかなど、様々な問題が残ります。つまり、抑止の問題を考えるに当たって、一つづつ詰めていかないといけない問題があるということです。

 

 ◎林吉永=日本の場合は、「所与の国家」と私は名付けているのですが、もともと日本列島があるところに国家が出来上がった幸せな民族なのです。誰かに国土を奪われたこともないし、自分たちで奪った国土でもない。ですから日本人には、大陸で行われている戦争の形態が全然理解できていないのです。しかも先の戦争体験者がいなくなって、戦争学から遠ざけられ軍事にうとくなっていますから、はっきり言えばノー天気なのです。政治家からしてそうなのです。「プーチンの戦争」ではロシア・ワグナー・グループと呼ぶ民間軍事会社が参戦しています。陸上戦闘では、敵がいつ襲ってくるか予測できず、敵は民間人に紛れ識別不能で、戦場の特定も困難なため相手を間違って殺傷することがおきます。そのため陸軍には、戦後PTSDに陥った将兵が多数います。他方の陸上戦闘のアクターである傭兵には「国軍」を担う感情はなく、単に報酬と引き換えに殺戮と破壊を冷徹に行う職業意識しかありません。このように一般市民を無差別残酷に殺戮する「傭兵の戦争」が生じています。