不誠実な「憲法改正」論


         憲法学者 木村 草太 さん        

 Profile  きむら そうた 1980年生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学大学院法学政治学研究科法学政治学専攻・法学部教授。専攻は憲法学。『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)、『憲法という希望』(講談社現代新書)、『ほとんど憲法(上下)』(河出書房新社)、『増補版自衛隊と憲法』(晶文社)など著書多数。


 北朝鮮のミサイル発射実験や「台湾有事」に関するニュースが日々報じられるなど、北東アジアの軍事的な緊張が高まっています。その不安に乗じて「憲法9条を変えなくてはならない」という主張を見ることがあります。

 しかし、他国が日本への武力攻撃に着手した場合、自衛隊が自衛隊法に基づき、武力攻撃事態(※1)として防衛出動を行い対処します。政府は、武力攻撃事態における防衛のための武力行使が、憲法に違反するとは考えておらず、多くの国民もそれを支持しています。また、私は、日本が武力攻撃を受けていない段階での外国への武力行使は違憲と考えますが、日本への武力攻撃事態での防衛行政が違憲だとは考えていません。

 自民党は2012年に全面的な改憲草案を示しました。改憲を発議するには国会法に基づき、関連する項目ごとに「改正案」を示し、その後国民投票にかけなければなりません。私が改憲草案を区分したところ、53項目にも及びます。

 国会法・国民投票法では、改憲発議は項目ごとに分けて行うことになっています。53項目もの発議を同時に行うのは現実的でなく、改憲草案が本気の改憲提案とは見えないでしょう。

 最近では、自民党の皆さんは、四つの項目にしぼって改憲を提案するようになっています。

 

 自民党は改憲4項目で「自衛隊を9条に明記する」ことを掲げています。この提案について、今ある自衛隊をそのまま書き込むので、現行憲法と内容は変わらないと説明しています。

 しかし、2015年に制定された自衛隊法76条1項2号は、日本が武力攻撃を受けていない段階でも、存立危機事態(※2)であれば、武力行使のための防衛出動ができると定めています。

 今ある自衛隊をそのまま書き込むなら、存立危機事態には、武力攻撃を受けていない段階でも武力を行使できることを条文に書く必要があります。

 そのような条文を発議した場合、争点は、自衛隊の明記ではなく、日本が武力攻撃を受けていない段階での、集団的自衛権を根拠とした武力行使の是非が争点になるでしょう。

 集団的自衛権の行使には違憲論が強く、それを認める憲法改正ができれば、違憲論を払しょくできます。

 他方国民投票で、集団的自衛権を明記する改憲発議が否決されれば、安保法制・自衛隊法76条1項2号にノーを突き付けられた形になります。この規定は、廃止せざるをえなくなるでしょう。

 集団的自衛権を明記する改憲発議は、自民党政権にとって大きな賭けになるはずです。

 しかし、「集団的自衛権の明記」という言い方をすれば、「自衛隊の明記」というよりも、反対は多くなるでしょう。そこで、「自衛隊の明記」という言い方をして、日本が攻められない限り攻めないという専守防衛の自衛隊の明記にとどまるような印象を振りまきながら、実際には集団的自衛権を盛り込もうとしているわけです。

 誠実なやり方とはいいがたいでしょう。真の争点を見抜いてほしいですね。

 

(※1)武力攻撃事態…日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態、または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態

(※2)存立危機事態…日本と、密接に関係する国に対する武力攻撃が発生し、国の存立が脅かされ、国民の生命や自由、幸福追求権が根底から覆される明白な危険がある事態