今月のイチオシ本

『自己家畜化する日本人』池田清彦 祥伝社新書

 


                       

         岡本 敏則

 

    おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 池田清彦氏(早稲田大學名誉教授 生物学 主著書『構造主義進化論入門』講談社学術文庫)は1947年生まれ、同じ団塊世代だ。氏の語り口は「辻説法」を彷彿させる。

 

 ◎動物の家畜化=人類が最初に家畜化した動物はイヌだと言われている。狩猟採集民だった人類が野生のオオカミを飼いならすようになり、「飼い主」と「家畜」という関係の原型が生まれていった。飼い主である人間に、より従順になるように進化を遂げたのが、現在のイヌである。その後農耕牧畜がはじまると、ヒツジやヤギ、ウシやブタなどの動物が次々と人類によって家畜化されていった。動物を家畜化することによって、人類は自らの生存率を上げ、より豊かな生活を手に入れられるようになったのだ。

 

 ◎日本人の自己家畜化=なぜ日本人と自己家畜化を結び付けるとかというと、あらゆる民族の中で、自己家畜化が悪い意味で最も極まっているのがほかならぬ現代日本人であると個人的に感じているからだ。家畜になるということは、すなわち飼い主に従順に生きるということである。現代社会において「飼い主」は「システム」「権力」とも言い換えていいだろう。自己家畜化とは、生き延びるための環境への適応である。そして現代人が強大なシステムの下で生き延びるためには、攻撃性を抑えて従順になり、思考を放棄するのが最も確実な手段なのであろう。一度決まったルールや決定が覆りづらいのも、自民党政権がずっと変わらないのも、他国と比べてストライキやデモが起きないのも、モラルや規範にやたら厳格で他人の足を引っ張って悦に入ってしまうのも、すべて日本人の自己家畜化と関係するものだと私は考えている。こうした潮流は国全体の未来を考えれば、決して望ましいとは言えない。深刻化する「精神の自己家畜化」から、私たち日本人はどうすれば抜け出すことができるのか。

 

 ◎日本の国力の凋落が止まらない本当の理由=つい最近まで、ネトウヨ諸君は、口を開けば「日本はすごい」という大合唱をしていたが、日本がすごいのは国力の凋落の速度だけだ。日本の経済が輝いていた1989年暮れの世界の株式会社の株式時価総額のトップはNTTで、以下興銀、住友銀行、富士銀行、第一勧銀と世界のトップ5社は日本の企業だった。トヨタ自動車は11位だった。それが2023年3月時点でトヨタは39位、それ以外の日本企業は100位以内に1社も入っていない。GDPはドイツに抜かれ4位に転落し、今や中国の3分の1に過ぎない。日本の人口は1億2000万人、ドイツは8400万人であることを考えれば、すごい凋落ぶりだ。2022年度の平均年収は韓国(20位)に抜かれて21位、大卒の初任給は20万6000円、韓国は30万円で、実質賃金は1997年を100として、2016年のデータでは89.7、ドイツ、イギリス、フランスは軒並み115以上、日本は一人負けの状態だ。直接的な理由は、横並びでルール至上主義の学校教育、上の命令には逆らわない自己家畜化、優秀な人材をスポイルするシステムの結果であるが、日本を統治する権力側にとっても、このようなやり方では日本の国力が下がることはよくわかっているはずだ。日本の国力の凋落が止まらないのは、権力にとって日本の凋落はある時点(おそらくは第二次安倍政権の時)から実は望むところになったのだとしか考えられない。国民が貧乏になってきたので、企業の製品を日本人に売って儲けようとするモデルを徐々に放棄した、なるべく安く日本人の労働者を働かせて、その成果(製品やサービス)を外国に売って儲けようと考えたのだ。そのためには国内の賃金を最低限に抑えて、儲けを最大限にして、その儲けを国民に還元しないで、権力とその取り巻きだけで分配するシステムを構築したのだ。国力が上がらない方が、自分たちの短期的な利益にとっては好都合なので、意図的に国力を下げる政策を取り続けてきたわけだ。そう考えれば、赤字必定なオリンピックや万博を無理やり推進した(する)理由や、消費税を目一杯上げて、国民を抵抗する余裕ないほどに貧乏にして搾取する理由もよくわかる。自公政権が長年かけて行ってきた国民の奴隷化政策が功を奏して、精神的家畜化が進んだ国民は、唯々諾々と政権のいいなりになっている。転換点が来るとすれば、AIが限りなく進歩して製品を売ったりサービスを提供したりするコストパフォーマンスが、労働者を雇うよりはるかに高くなった時だ。権力の本音としては、日本人は消費者としてもはや重要ではないので、労働者として役たたなければ、いなくてもよい存在になる。果たしてそうなった飢えに直面した精神的自己家畜化の進んだ日本人は、ベーシックインカムを要求して政権に圧力をかけることができるだろうか。それとも、歴史上はじめての市民革命を起こして、政権をひっくり返すだろうか。それとも、権力はそれまでに憲法を改悪して北朝鮮のような独裁国家を作って、国民を弾圧するシステムをつくっているのだろうか。私は生きていないので、結末を見ることができないのは残念だけれど、若い人は多少でも精神的自己家畜化から逃れて、上手にそして幸福に生き延びてほしい。

 幸運を祈る。