真山 民「現代損保考」

       しんさん・みん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


    イスラエルのハイテク技術を取り入れる日本損保 


 “中東のシリコンバレー”テルアビブ

 

 10月7日勃発したイスラエルとハマスとの紛争は、「今、中東は過去20年で最も静かだ」という米国の認識(安保戦略を仕切るサリバン大統領補佐官の言葉)を根底から覆すもので、過去4度にわたる中東戦争に続く5度目の中東戦争に発展するのではないかと危惧されている。

 ここでは、イスラエルとハマスとの紛争の背景といったことより、日本の損保企業とイスラエルのハイテク産業,特にスタートアップ企業との関わりについて伝えていきたい。

 それを伝えるにあたって、エルサレムに次ぐ第二の都市で、人口46万人を有し、現在アメリカやホンジュラスなど、ごく一部の国を除いて、各国が首都と認めているテルアビブ(正式な名称はテル⁻アビブ−ヤッフア)について、最初に述べておきたい。

テルアビブは、イスラエルにおけるビジネス、金融の中心であり、また新興ハイテク産業都市として、メディアアーツなどの分野でスタートアップ企業が集積する都市として、「中東のシリコンバレー」と呼ばれている。

 

 日本損保のテルアビブ進出

 

 帝国データバンクの今年10月11日のレポートによると、イスラエルに進出している日本の金融・保険業は12社で、進出の目的としては、先端技術を有するスタートアップ企業やハイテク企業、あるいはベンチャーキャピタルとの提携・協業・出資目的のための進出が目立つという。

 日本の損保で、最初にテルアビブのスタートアップ企業と業務提携したのは、SOMPOホールディングスである。2017 年11 月に東京、米国シリコンバレーに続くデジタル戦略拠点をテルアビブに開設し、翌年10 月に「SOMPO Digital Lab Tel Aviv」を設立。モビリティ、デジタルヘルス、サイバーセキュリティ、インシュアテックなどの領域で、スタートアップ企業との協業の検討や実証実験を行なってきた。

 2019年1月には、グループ企業の損保ジャパン日本興亜ひまわり生命(現損保ジャパンひまわり生命)が、テルアビブのスタートアップ企業であるbinah.ai(ビナー社)と、デジタル技術を活用したヘルスケア分野での協業を開始、ビナー社のデータをすぐに利用可能な状態に変換する技術、信号処理(*1)・機械学習および独自のアルゴリズムを活用して、顧客の健康状態(ストレスなど)をアドバイスできる仕組みの構築を目指した。

 MS&ADインシュアランス グループ ・ホールディングスが、2019年5月に業務提携を交わしたFinTLV Venture Capital.は、インシュアテックに特化したスタートアップと大手保険会社の相互紹介、新規事業提携を支援する専門組織である。同時期に業務提携したSOSA TLV LTD.は、テルアビブとニューヨークにあるイノベーションセンターを運営し、最先端技術のエコシステム(*注2)へのアクセスを提供、150か国からの企業や投資家、8500社のスタートアップやハイテク会社とのネットワークを有する先端企業である。

 MS&ADインシュアランス グループ ・HDは、インシュアテック、健康・医療分野、AI、IoT、サイバーセキュリティ分野において、世界的に先行するイスラエルのスタートアップ企業との協業により、先端技術・サービスの調査研究および実証実験を通じた実用化を検討し、ビジネス戦略を推進している。

 東京海上日動火災は、2019年6月、自律飛行ドローンを開発するAiroboticsと提携した。同社の空撮画像解析技術を活用し、災害などによる工場や倉庫の損害調査の効率化を図っている。親会社の東京海上ホールディングスは2019年7月、イスラエル最大の損害保険会社を傘下に持つHarelInsurance Investments and Financial Servicesとも業務提携した。

 

 軍需技術を民間へ転用

 

 テルアビブが「中東のシリコンバレー」と呼ばれるほど先端技術が成長したのは、度重なるアラブ諸国などとの紛争から発達した軍事技術が支えている面が大きい。特にサイバーセキュリティやドローン、AI技術の分野は、日本はもとより、ドイツよりも圧倒的に技術力が高い。

 昨年、ドイツはイスラエルから軍事用偵察ドローンを140機も購入したが、軍事技術と同時に、トレーニングもイスラエルから受けている。イスラエルの軍事技術がいかに発達し、各国が自国の兵器にそれを採り入れようとしているかが分かる(佐藤仁「ドイツ、イスラエルから軍事用偵察ドローン140機購入へ」Yahoo News2022年4月17日)。

 いま、損保は度重なる異常気象災害の事故処理にAIとドローンを活用し、保険金支払の迅速化を図っているが、これもイスラエルからの軍事技術が基礎になっているといえる。因みに、Airoboticsは、ドローンを中断することなく飛行する自動システムも開発している企業でもある。

 さらに損保が今後の成長分野としているサイバー被害の予防コンサルティングと損害処理にも、イスラエルの軍事技術が使われている。

 

 AI・ロボット活用し先端医療機器大国に

 

 イスラエルはまた、AI・ロボットを活用した先端医療機器大国でもある。例えば、2014年に韓国で初めて成功した医療ロボットによる脊髄手術も、イスラエルのスタートアップが開発したロボットによるものであったし、すでに世界中で実用化されているカプセル型の内視鏡検査技術も、イスラエル発信のものだ。これも、国防力を高める一環として救急医療技術が発達し、その技術を民生に転用して高度な医療機器を開発する企業が相次いで誕生したことが背景にある。

 現在、日本でも、医療は発症した病気を治療すると同時に、病気にならない「予防医療」の考え方を重視しつつある。これに伴い、生命保険も「外部から取得したデータの活用や他業態との連携を図り、健康増進に資する商品やサービスを開発・提供し、よりきめ細かい商品やサービスを開発・提供する」ことが求められている(金融審議会・金融制度スタディ・グループ「生命保険業界における情報の利活用」)。

2019年の日本興亜ひまわり生命によるイスラエルのスタートアップ企業ビナー社とのデジタル技術を活用したヘルスケア分野での協業も、健康増進に資する商品やサービスの開発・提供に備えようという企業戦略の一環と見ることができる。

 

 ハマスとの紛争のハイテク企業への影響

 

 イスラエルにとって極めて重要なハイテク産業だが、世界的な景気後退と国論を二分した政府による司法改革(*3)の影響で資金調達が激減している。パレスチナとの紛争が長引けば、その回復も遅れると、投資家やアナリストは指摘する(ロイター 10月13日)。

 イスラエルのテック起業家や投資家は、予備役兵として招集された36万人にはテック業界の全従事者の10〜15%が含まれると推計する。小規模な企業が多く、突然の深刻な混乱に見舞われている(英フィナンシャル・タイムズ電子版 10月13日)。

 イスラエルのハイテク技術の採用を行っている日本の損保が、イスラエル・ハマス紛争によってどうした影響を被るのか。日本政府が新興産業の防衛産業への参入を促し軍民両用(デュアルユース)の技術開発を進めることを表明(10月18日 木原防衛相)していることと併せ、注視していく必要がある。

 

*1 信号処理  光学信号、音声信号、電磁気信号など、さまざまな信号を分析・加工する技術。具体的には、信号の情報抽出、ノイズの除去、増幅、変換、復元などを行い、確かな情報伝達のための品質改善を指す。通信、制御、センサー技術、自動車、ロボット、医療など、さまざまな分野で広く応用されている。

*2 エコシステム  「生態系」という意味の英単語。ビジネス分野では、互いに独立した企業や事業、製品、サービスなどが相互に依存しあって、一つのビジネス環境を構成する様子を生物の生態系になぞらえて呼ぶ。

*3 イスラエルの司法改革  ネタニヤフ首相による、最高裁の判断を国会が覆すことができ、裁判官の任命についても政府の関与の拡大を狙った司法改革。