昭和サラリーマンの追憶 

              

      

         広報室沈黙す

 

            前田 功


 まえだ いさお 元損保社員 娘のいじめ自殺解明の過程で学校・行政の隠蔽体質を告発・提訴 著書に「学校の壁」 元市民オンブズ町田・代表


 この夏から秋にかけて、ビッグモーターとの絡みで、損保ジャパンが叩かれた。今回の不祥事は損保ジャパンの企業体質が大きく影響しているのではないかと思って、昔読んだ「広報室沈黙す」という本を再度読んでみた。大手企業をモデルにした小説をたくさん出している高杉良が安田火災をモデルにして書いたものである。1983年(昭和58年5月)から84年3月まで夕刊フジに連載。単行本初版は1984年10月刊)

 要約すると、長期ワンマン体制の最高権力者会長(前社長)や副社長が、社長をいじめ、社長が替わるという記事が流され、若き広報課長が奮闘するという話である。安田火災の歴代社長一覧と照らし合わせると、登場人物の実名がわかる。

 いじめられた社長は宮武康夫氏(社長在任1980~1983年)。この人は、「安田火災残酷物語 前安田火災社長の告発手記 政・財・官界にわたる腐食の構図」(1986年刊)という本を出している。私はこの本を読んでいないが、内容は高杉の小説から推測できる。

 会長というのは、三好武夫氏(1962年~1980年の間社長在任、その後会長)。約20年という長期間、安田火災のトップだった人だ。

 現在の損保ジャパン本社ビルの敷地の購入は1967年(昭和42年)、竣工は1976年(昭和51年)である。どちらも三好氏の社長在任中である。三好氏があのビルを建てたわけであり、安田火災中興の祖と言われる所以であろう。そして副社長が後藤康夫氏(社長在任1983年~1993年。その後会長)である。この人は三好会長の奥さんの弟である。「ゴッホのひまわり」を53億円で落札した人として有名である。

  今回のビッグモーターがらみの不祥事で、損保ジャパンの社長白川儀一氏はいち早く、辞任を表明した。報道によると、彼は軟式テニスで世界3位という成績があり、プロとして生きていくために、入社して数年後退職し、実業団に2年ほど在籍したが、脚を痛め選手生活を諦め、損保ジャパンに戻ったそうだ。そして、戻ってから10数年経った2021年、社長になっている。そして2年で社長を辞任。その辞任の仕方はあまりにも軽い。フットワークの軽さはテニス・プレイヤーにとっては大事だが・・・・。

 社長は部門の長にすぎず、実質の権力はホールディングスに移っていると考えたほうが理解が早い。現在の最高権力者は、ホールディングスの会長、櫻田謙悟氏である。

 歴代社長一覧を見ると、上述の三好氏、後藤氏以外は在任期間3年~6年程度である。櫻田氏が損保ジャパンの社長をしていたのは 2010年~2012年。社長退任後何年間は会長についていたのだろうがそれは一覧からは読み取れない。ただ、櫻田氏が現在、ホールディングスの会長であるということは、13年間も最高権力者の座にあると読み取れる。三好氏ほどではないが後藤氏と同じくらい長い間、最高権力者の地位にいるわけだ。「ドン」と呼ばれるのは当然だろう。

 白川氏は51歳という若さで、先輩37人を飛び越えて、社長になったという。その理由は、公式にはDX(デジタル・トランスフーメーション)時代を見越しての若手の登用だと発表されている。ちなみに、櫻田氏が会長になって後任に据えたホールディングスの社長(奥村幹夫氏)も51歳のときに傘下の介護ビジネス「SONPOケア」の社長になっている。(この人も一度退職して外資の投資会社に転じ、2年後に損保ジャパンに戻ったという経歴)

 うがった見方と言われるかもしれないが、櫻田氏は、DXにかこつけて自分とは比べ物にならないくらい格下の軽い人物を傘下の社長に置くことで、自らの体制を盤石にしてきているのではないか。

  小説では、トップ間の内紛がマスコミに大きく報じられ、収拾がつかなくなり、広報室は沈黙せざるを得なくなる。そして、「情報を流したのは誰だ」となり、広報課長が地方の損調調査役に左遷されて終わる。

 今回の不祥事報道、これほど激しく叩かれたのだから、小説から学んだはずの損保ジャパン広報室も沈黙せざるを得なかったのだろう。高杉良は84歳になるそうだが、「第2の広報室沈黙す」を書いてほしいなと思う。

 外からしか見ることができないわれわれは、直接、内部の真相を知ることはできない。AERAの記事など見ると、内部の人が取材に応えている。内部情報をリークした者に対する厳しい処断は損保ジャパンの常識になっていると思われる。取材に応じた人たちは、「会社を思う気持ちから」、「義憤に駆られて」という言葉で、「リークした者探し」に対して保険をかけているようだが、その保険が櫻田強権体制に効くのかどうか。

 この10月10日、ホールディングスが設置した社外調査委員会(弁護士3名からなる)の中間報告書(本文30ページ)がリリースされた。何か目新しいことが出ているかと、急いで読んでみたが、すでに報道されていることを長々と書いているものでしかなかった。

 そして、ホールディングスや櫻田氏との関係については、問題視しているマスコミやネット報道もあるが、中間報告書は、これについて意識的に避けているように思った。

 最近話題のChatGTPに、「損保ジャパンとビッグモーターの問題について、A4・30ページで書け。ただし,SONPOホールディングスや櫻田謙悟氏に関わる部分は避けて・・・」と入力して、アウトプットされたものではないかと思われるような内容だ。がっかりした。 

 金融庁の立ち入り検査結果の発表を含め、今後の展開に注目したい。