真山 民「現代損保考」

       しんさん・みん 元損保社員。保険をキーに経済・IT等をレポート。


    BM事件で機能しなかったコーポレートガバナンス 


     

  金融庁、「報告内容が不十分」と立入検査

 ビッグモーター(以下BM社)の自動車保険金不正請求問題を巡って、9月19日、金融庁が同社の保険を仕切っている東京多摩市の店舗と損害保険ジャパン本社(東京西新宿=写真は同社ホームページより)の立入検査に入った。 

 BM社と代理店契約を結んでいた損保は7社(損保ジャパン、東京海上日動、三井住友海上、あいおいニッセイ同和、共栄火災、AIG、日新火災)なのに、金融庁がBM社とともに損保ジャパンだけ検査するのは、「損保ジャパンとBM社の報告は不十分と判断した」からである(朝日新聞9月19日)。その後、21日に金融庁は三井住友海上に追加報告を命令している。

 金融庁の検査に先立つ9月8日、損保ジャパンと持株会社のSOMPOホールディングスは連名で「ビッグモーター社の不正事案に関する調査状況について」という報告を公表した。この報告はSOMPOホールディングスのホームページで読むことができる。その報告の中の「資料② BM社との取引経緯」を取り上げ、BM社の自動車保険金不正請求に対する損保ジャパンとSOMPOホールディングスの対応について、考えてみたい。

 

  BM社と損保ジャパンの取引経緯

 「取引経緯」を再録すると、次のとおりだ。

 ◆1988年7月 旧安田火災社がBM社との取引を開始(乗合)、翌1989年に旧日本火災が乗合う。

 1997年3月 BM社からの要請により同社株式5,000株を購入、以後15,500株まで買い増したが、2016年にBM社からの要請により全株式を売却。

 2004年 店舗数拡大に伴う保険部門の強化を目的に、BM社から代申社である旧日本興亜に出向者派遣の要請があり、営業部門への出向を開始。(※注1)

 2011年4月 BM社前副社長兼重宏一氏が旧日本興亜に入社。(2012年6月退社)

 2014年 BM社が入庫紹介台数1台あたり自賠責保険5件を他損保に渡すルールを導入。

 2015年5月 BM社から損保ジャパンへの板金・塗装の見積技能や修理品質向上に対する支援の要請を受けて板金・塗装部門への出向を開始。

 2016年 損保ジャパンの提案により「BMパートナー制度」(*注2)を導入。損保ジャパンとの連携による「継続的な品質向上の取り組み」により、多くの工場が簡易調査対象工場に到達。

 2019年4月 BM社の全工場に対する「簡易調査」を導入し、損害調査業務を東京保険金サービス部に集中。

 2020年9月 BM社がPT(プライシングチーム)を新設し、修理見積の作成を一拠点で集中して行う体制を導入、12月にPTの対象を全工場に拡大。

 2022年1月 BM社員による通報をきっかけに同社の不正請求疑義を認識。

 

 「取引経緯」は、ここで終わっているが、それを問題にする前に、「*注1.2」について説明する。

 

 出向者から得た板金・修理技能を悪用

 まず出向者の人数(*注1)だが、2004年から始まり、昨年3月まで延べ89名が旧日本火災興亜、および損保ジャパンから出向し、最多は2020年の14人であった。なお、日本火災興亜は、2010年4月損害保険ジャパンと経営統合してNKSJホールディングス(当時)傘下となり、最終的に2020年4月に統合時の存続会社であった損害保険ジャパンに商号を変更している。

 出向者の中には、自動車保険の保険金の不正請求が横行した時期に、事故車両の修理についての交渉をまとめて行う窓口である「PT本部」を設置したのを受けて、従業員に見積書の読み方を指導する業務を担当していた者もいたという(自動車関係のWEB「ESPONSE」7月25日など)。また、BM社の外部弁護士による調査報告書は「PTによる修理代の見積もりは過大な内容となる傾向にあった」と指摘している。 

 「BMパートナー制度」(*注2)とは、BM社の工場数の急拡大により人材育成が追いついていないことを踏まえ、DRS工場(Direct Repair Service 損保ジャパンが、事故・故障車の修理や車検を希望する顧客に、推薦する整備工場を紹介するシステム)としての技能の確保に向けて、BM社に教育・技術支援を行い、高品質かつ均質なサービスを提供するとした制度のことである。

 

 BM社から自動車保険98億円、自賠責保険21億円

 損保ジャパンから出向した社員が、BM社の板金・塗装・修理技能の向上を支援する一方、BM社は事故車両の損害を画像と見積書だけで査定する「簡易調査」を悪用して自動車保険金の不正請求を行う。損保ジャパンはBM社の技能向上の支援と保険金の不正請求を見逃す見返りとして、2022年度は自動車保険料で98億7200万円、シェアで約70%、自賠責保険料で20億6000万円、シェアで30%という多額の保険料を得るという「一連托生」の関係が築き上げられたのである。

 

 SOMPOグループ全体のガバナンスが問われる

 損保ジャパンと持株会社のSOMPOホールディングスによる報告の中の「資料② ビッグモーター社との取引経緯」が、昨年1月で終わっていることについても、今年6月から9月にかけての損保ジャパンのBM社と同業他社、および金融庁への対応を振り返れば、同社が自社の背信的行為を進んで明らかにしないのではないかと思わざるを得ない。

 6月末、損保ジャパン、東京海上日動、三井住友海上がBM社に調査を依頼していた関東4工場の修理案件36がすべて不適切な請求であったことを把握していた。にも拘わらず、 損保ジャパンは金融庁に出向き、証言内容が一変した事実にはいっさい触れずに、不正の指示は確認できなかったと虚偽報告したことを金融庁は重大視している。「損保ジャパンには、本当のことをあえて言わない体質があるのではないか」と見ているのである。

 金融庁の疑いは当然、持株会社として損保ジャパンを統制する立場にあるSOMPOホールディングスにも向けられている。「損保ジャパンの白川儀一社長1人の経営責任で終わりではない。組織として機能していたかどうかが重要だ」として、親会社であるSOMPOホールディングスの関与のあり方も、詳しく調べるとみられる(朝日新聞 9月19日)。

 「当社は『グループ コンプライアンス基本方針』をはじめとする行動規範を定め、グループ内のコンプライアンス態勢整備と役職員への周知徹底を図っています。コンプライアンスを単に法令遵守ととらえるのではなく、健全な社会的存在である企業として、社員一人ひとりが、主体的・自律的に企業倫理や社会規範にのっとって行動することができる文化醸成に努めています」

 SOMPOホールディングスの「統合レポート」(ディスクローズ誌)の「経営基盤 ガバナンス」の一節であるが、SOMPOホールディングスと損保ジャパンの一連の対応には「社員一人ひとりが企業倫理や社会規範にのっとって行動する」という言葉とは裏腹に、この期に及んでも責任転嫁と自己保身が見え隠れする。世間が求めているのは、問題の核心を突いた総括、すなわち数字第一主義追求の企業論理と、具体的にそのムチを振るった企業幹部のあり方と責任、そのシステムの解明、反省、見直しなどではないのか。