今月のイチオシ本

『新しい戦前 この国の”いま”を読み解く』内田樹 白井聡 朝日新書

 


                       

         岡本 敏則

 

    おかもと・としのり 損保9条の会事務局員

 


 タモリ氏が「徹子の部屋で」来年はどういう年に、と聞かれて「新しい戦前」と応えたことが話題になった。内田氏(1950年生)、白井氏(1977年生)は中学時代から「闘ってきた」学者で、いま最もラジカルな発信者であろう。台湾有事、敵基地攻撃能力、軍事費の膨張、という日本、二方は「今や戦中」と言っています。二方の多義にわたる対談は、実際手に取ってもらうのが一番ですが、ほんのさわりを。

 

 ◎新しい戦中=(白井)声高に叫ばれているのは、台湾有事の可能性です。不可避だとさえ言われています。特に米軍やCIAが2025年、2027年などと具体的な年限を挙げてきている。アメリカの中で、極東で戦争を作り出したい勢力がかなり活発に動いていると推測できます。ウクライナを見よ、なんですね。一種のウクライナモデルができている。あそこで何が起きているのか。アメリカからすると、要するに代理戦争です。自分たちはなるべく犠牲を出さずに、むしろ利益を上げながら敵対的な大国・ロシアの力を削いでいるわけです。これがうまくいけば、次は中国、東アジアでも応用しようとなってくる。代理戦争の場は台湾と日本です。いわゆる岸田大軍拡はそのシフト、アメリカのために出てきたものと解釈すれば整合的です。2022年12月に岸田政権が閣議決定した新しい安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)はアメリカとの綿密な打ち合わせ、調整、擦り合わせのもとに出てきたことは確実なのです。台湾有事は、アメリカと中国の覇権闘争、ちょっとした利害の小競り合いではない、ヘゲモニーを争う大決戦として戦われる可能性がある。二つの世界大戦を通じて、覇権国はイギリスからアメリカに移りました。世界史上、覇権国の交代は大きな戦争を通じておこなわれてきた場合が多いわけです。それは、部分的な利害対立ではないから、落としどころを見つけがたいためかもしれません。ゆえに、アメリカから中国にヘゲモニーが移るとすれば、大きな戦乱なしにそれが生じうるとは考えにくいわけです。

 

 ◎無関心な国民=(内田)明らかに、「戦争ができる」方向にシフトした。にもかかわらずメディアは反応しないし、国民もなにごともないようにぼんやり暮らしている。どうしてこうも無関心でいられるのか。政策転換にまるで反応しない日本人の方がむしろ深刻な問題だと思います。この無反応は「自分たちは日本の主権者ではない」という無力感の表れだと思います。自分たちが代表として選んだ議員たちが国会で徹底的に議論して、そのうえで決定した政策転換であれば、有権者たちはその政策決定にある程度の責任を感じるはずです。けれども、これは全部アメリカが決めたシナリオです。岸田首相だって記者から「どうして戦後70年続いた安全保障政策をいきなり転換するのか」と訊かれても答えられない。「だって、アメリカが『そうしろ』って言ったから」だとはさすがに言えない。だから、政策転換には必然性があったと、いくら彼がぼそぼそ答弁しても、それは全部「空語」であるし、「空語」であることを本人も国民もみんな知っている。アメリカから言われたからトマホークやF-35を買うのもアメリカの指示に従ってのことだし、軍事費をGDPの2%にするのも、NATOと同じ筋にあわせろとバイデン大統領に言われたのでそれに従っている。長期政権を保ちたければアメリカに高く評価されなければならない。これは中曽根、小泉、安倍政権が日本人に教え込んだ教訓です。日本人はみんな知っている。だから岸田政権がアメリカのシナリオ通りに動いているのを見ても「ああ、これで岸田政権も当分安泰だな」としか思わない。政策そのものの適否ではなく、それがアメリカのシナリオ通りかどうかしか見ていないのです。政策そのものにどういう意味があるのか、日本の国益に資するのか、国益を損なうリスクがあるのか、という本質的な問いに日本国民はもうずいぶん前から興味を失っている。

 

 ◎属国日本=(内田)いまの若い人たちが「日本の国防戦略はどうあるべきか」を熱く語り合う風景は僕には想像できません。そんなところで何を話してみても、どんな合意を形成してみても、アメリカの許諾を得なければ国防戦略が決定できないんですから、話すだけ無駄だということを彼らは感じている。それよりは「アメリカは日本にどんな国防戦略を採らせる気だろう」を考えた方が話が早い。「何をしたいのか」ではなく「何をさせられるのか」を考えた方が現実的なのです。国防戦略を立てる役人たちもそれを解説する知識人たちも同じです。どれほど議論したところで、誰かが「そんな政策をアメリカが許すはずないじゃないか」と言ったら終わる。属国民である日本国民にとって喫緊の政治課題は「独立」です。それ以外にはありません。にもかかわらず、主権の回復という政治課題が語られない。これはまさに「異常な状態」です。でも、今が異常であるということを自覚しない限り、正常に戻るチャンスはありません。

 

 ◎加速主義=(白井)知的にとがった日本の若い人と話すと、資本主義あるいは日本社会に対して、加速主義的な衝動を抱き始めていることがよくわかります。「この国はあまりにもバカバカしいからもう早いところ焼け野原にしてしまえ」というすごく破壊的な衝動です。台湾有事については「早く中国と戦争を始めた方がいい。いっそ戦って、負けたら負けたでいい。とにかく結果を早く見せてよ」という若者は結構います。

 (内田)民主主義や基本的人権や社会整備といった古めかしい近代主義イデオロギーのせいで、資本主義はむしろ延命している。資本主義の欠点を左翼やリベラルが補正しているせいで、もうとっくに滅びてもいいはずの資本主義がまだ滅びていない。むしろ資本主義を暴走させて加速させて没落を加速し、資本主義の「外部」へ抜け出るべきだという思想です。