守屋 真実 「みんなで歌おうよ」

                     


 もりや・まみ ドイツ在住27年。ドイツ語教師、障がい児指導員、広島被ばく2世。父は元千代田火災勤務の守屋和郎氏 

                   


 プラスティックと汚染水

 

 私が子供の頃の日本には、まだプラスティック包装というものがなかった。若い人には想像もつかないかもしれないけれど、醤油を買うのにはガラスの空き瓶を持って行った。味噌や肉、魚は竹の皮のような模様の油紙(蝋紙?)に包んで持って帰った。卵はバラで売っていて、新聞紙に包んでもらうのが普通だった。山奥の寒村でも離れ小島でもなく、東京都武蔵野市吉祥寺での話だ。

 プラスティック容器に入った醤油や味噌、パンやお菓子が現われたのは64年の東京オリンピックより後だから、60年代後半に入ってからだろう。確かに便利で衛生的だし、見た目も良いから、あっという間に普及した。その頃の私たちは、使った後のプラスティックがどうなるのか、どうするべきなのかなど考えず、なんでもいっしょくたに捨てていた。プラスティックを燃やすと有害なガスが出るから分別回収しようということになったのは、70年代後半だったと記憶している。プラスティックの普及から約10年後だ。土に埋めても海に流しても半永久的に分解せず環境を破壊することが分かり、リサイクルして別の物に利用しようということになったのは80年代だし、海に投棄されたものが、砂粒のように細かく砕かれたマイクロプラスティックになって、海洋生物の生態系を脅かしていることが分かったのは今世紀に入ってから、つまり40年、50年が経ってからだったのだ。

 

 政府と東電がやっているトリチウム汚染水の海洋投棄からも、同じことが起きるのではないかと思う。内部被曝というのは、少しずつ体内に蓄積されて何年もたってから異変を起こすものだ。私の父親が大病を繰り返すようになったのは、被爆して50年近くたってからだった。汚染水を安全だという御用学者だって、推測で物を言っているに過ぎない。今福島沖で獲れた魚を食べて「大丈夫です」なんて、それこそ非科学的な茶番だ。将来被害が起きた時に、誰がどうやって責任を取るというのだろう。

 そう言うと、まるで私たち脱原発派が「風評加害者」であるかのように言われる。でも、風評とは、事実無根の悪い噂を流して人に迷惑をかけることで、汚染水の海洋投棄は事実有根になる可能性が非常に高いのだ。自然界に無いものを自然界に捨ててはいけない。当たり前の話ではないか。少しでも危ないなら、被害が起きる前にやめておくのが未来の世代への責任だ。なんの罪もない旅館や飲食店に嫌がらせをする中国人も愚劣だけれど、日本政府が最も手早く、最も安上がりで、最も無責任な手段を選んだのも事実だ。防衛費を削れば、モルタル固化して地上で保管する費用くらい出せるはずだ。

 

 と考えて、ふと思った。もしかしたら、中国が強硬姿勢に出ることを見越して汚染水を海洋投棄したのかもしれない。だって国内で反中国感情が高まれば、軍拡・増税しやすくなるではないか。戦争をしたがる奴らのすることは、いつの時代でもどこの国でも同じだ。意図的に敵を作って偏見と憎悪を煽り、誤った愛国心を植え付ける。その意味でも汚染水の海洋投棄は、まさに「国策」なのだ。

 

 9月11日の経産省前テントひろばには、丸12年の座り込みを記念して200名余りが集まった。18日の代々木公園には多くの若者を含む8000名もの参加者が集った。少しづつ、本当に少しづつだが、核のない世界を求める声は広がりつつあると感じる。今からでも遅くはない。決してあきらめず、汚染水の海洋投棄を止めよう!