「盛岡だより」(2023.11)
野中 康行
(日本エッセイスト・クラブ会員・日産火災出身)
川柳の力
新聞には毎日時事川柳が載り、週刊誌には川柳のコーナーがある。それらには政治や世相を面白く指摘したり風刺したり、なかにはユーモアのある句もある。いつも楽しく読んでいる。
俳句や短歌の句を創ることを「詠む」というが、川柳は「吐く」というそうだ。弱音を吐く、唾を吐く、吐き気がするの「吐く」である。たしかに「吐く」は納得のできないものを拒絶・拒否・批判・抵抗の意志が込められている。
【 鶴 彬 (1909~1938)】
○ 万歳とあげて行った手を大陸に置いてきた
川柳作家・鶴彬(つる あきら 右上写真)は、理不尽な現実を痛烈に批判してこんな句を吐いた。彼は、戦争に突き進んでいく時代に戦争に反対する思想犯として検挙され、若くして獄死した反戦川柳作家である。
昨年暮れのテレビ番組『徹子の部屋』で、タレントのタモリ氏が「「新しい戦前」ということばを口にした。今の時代の空気感を表現していると評判になり、よく見聞きするようになった。その指摘は正しかった。
政府は、国民の生活苦を尻目に軍事費の倍増を決め、大量に攻撃兵器を買い入れ配備、武器庫を日本中に造ろうとしている。自民党の麻生太郎副総裁が台湾を訪問した際、「日本、台湾、米国をはじめとした有志国は戦う覚悟が必要だ」と述べた。
私には、「戦争の準備をせよ」と煽り、国民には「その覚悟をせよ」と言っているように聞こえた。国政が軍事優先に傾き、「戦争への準備」が進む。過去の「戦前」にも似た「新しい戦前」がうごめき始めている。
○「足らぬ足らぬ」は工夫が足らぬ
○ 贅沢は敵だ
かつての戦時下には国策標語というものがあった。「黙って働き笑って納税」とか「まだまだ足りない辛抱努力」といったものだ。いずれは、こんなスローガンを言い出しかねない情勢である。
だが、あの時代でさえ民衆は黙っていなかった。貼り出されたポスターの1字を消し「足らぬ足らぬは夫が足らぬ」と皮肉り、1字を加えて「贅沢は素敵だ」と抵抗した。
楜沢健氏(文芸評論家)は、「川柳の時代が再びやってきた。川柳には俳句や短歌とは違う力がある。呑み込めないことを無理やり呑み込ませる時代にこそ、川柳の秘める力が求められている」といっている。川柳の直感による批判精神が、危険な時代の流れを気づかせ、教えてくれるのである。
○ 手と足をもいだ丸太にしてかへし
これは鶴彬の代表作である。獄死したのが85年前の9月14 日午後3時40分。
彼は光照寺(盛岡市本町通)にこの碑とともに眠る。