今月のイチオシ本


      『長期腐敗体制』白井聡(角川新書)  

                       岡本 敏則

 


 氏の著書を取り上げるのは2回目です。2019年6月『国体論』を紹介しました。今メディアはアベ氏銃撃から端を発した「旧統一協会」と自民党との癒着で持ちきりです。TVでは読売テレビの「ミヤネ屋」が健闘し、テレビ朝日の「モーニングショー」はコメンテーター有田芳生氏の発言「政治の力です」にスタジオはフリーズし、以後腰が引けたまま。参議院選挙では昨年の衆議院選挙に引き続き、自公維が勝利し、立民、共産は惨敗という結果でした。有権者はなにを考え(考えていないという説が有力)政権党に投票し続けているのかを分析したのが本書です。全編読むことをお勧めしますが、まず今の体制(中野晃一氏、白井聡氏は2012年体制と呼びます)から見ていきましょう。

 ◎2012年体制=10年前の2012年の年末には衆議院解散選挙があり、安倍晋三氏率いる自民党が大勝を収め、与党民主党は下野しました。2009年の総選挙によって成立した民主党政権は、ここに終わりを迎えました。それ以降、自公連立内閣がすべての国政選挙で勝ち続け、政権交代が再び起こる気配は、全くなくなっています。このようにほぼ盤石で、いまのところ崩れる気配の見えない権力の構造を、「2012年体制」と呼びます。

 

 ◎デモクラシーの質=米ダートマス大教授堀内勇作氏らのチームが「コンジョイント分析」という手法を用いて実施した実験的調査があります。政策を「コロナ対策」「外交・安全保障」「経済政策」「原発・エネルギー政策」「多様性・共生社会」など五つの分野に分け、各分野に各党が2021年総選挙で掲げた政策をランダムに割り振り、架空の政党の政策一覧表を作ります。出来上がった架空の政策一覧表を二つ並べ「どちらの政党を支持しますか」と被験者に問います。これを繰り返すと、政党名を抜きにして「どんな政策が支持されているのか、支持されていないのか」が明らかになるわけです。この調査で明らかになったのは自民党の政策は不人気であった。とりわけ、原発・エネルギー政策や多様性・共生社会などの分野では最低の数字をマークした。逆に議席を減らした共産党の経済政策は高い支持を受けている。もう一つの調査はどんな政策でも「自民党の政策」として提示されると、大幅に支持が増えたのです。日米安保条約を廃止するという、きわめて人気の低い共産党の外交・安全保障政策でさえも、「自民党の政策」として提示されると、過半数の被験者は肯定的な評価を下しました。政党の掲げる政策をほとんどロクに見ておらず、ただ何となく自民党に入れている有権者がかなり多くいる。あるいはそうした有権者が標準的な日本の有権者ではないか、ということです。これはもう、野党の実力がどうだとか政策の打ち出し方がどうだとかいう以前の問題です。「今までは自民党、これからも自民党」という観念に凝り固まった有権者が多数存在しており、「政権担当者は自民党にしかない」というイメージがますます強固になったと考えられます。

 

 ◎維新の会とデモクラシー=大阪府の新型コロナによる死亡率が全国一高いという事実は、2008年橋下徹氏が大阪府知事に就任して以来の維新政治の結果です。同党の標榜する「身を斬る改革」なるものによって公的医療、行政リソースが縮減され、この惨憺たる結果を招いたことは否定しようがないでしょう。そんな維新の会が、吉村洋文大阪府知事の「コロナ政策でよく頑張っている」との評価によって得票を伸ばしたのですから、これはもうこの状況はジョークとしか言いようがない。こうした印象付けに寄与した、というかヴァーチャルリアリティを作り出したのは、在阪メディアであるといって間違いないでしょう。私は京都に在住しており、大阪のテレビ局の電波が入っているのでよくわかりますが、感染拡大が生じると吉村知事はワイドショーを中心に各局をハシゴするように出演し続けます。その際、必死な表情を浮かべながら、用意された原稿を棒読みすることもなく、行動規制や営業規制に協力してくれるよう低姿勢で視聴者にお願いを繰り返した。それだけ見れば、感じはよかったわけです。本来メディアは、吉村氏を出演させるならば、この悪い状況について見解をただし、責任を問うべきでした。しかし、番組の司会者や出演者のほとんど誰もそうした発言をしません。大阪府がコロナ死亡率で全国ワーストだという基礎的事実すら、地元では広く知られていません。報道されないからです。こうして、在阪準キー局のつくるテレビ番組はすべて事実上の吉村応援団と化し、視聴者には「吉村府知事はよく頑張っている、維新は頼りになる」との印象だけが残りました。惰性的な自民党支持者から脱した有権者の多くが向かっている先は、似たような別の噓にすぎませんでした。

 

 ◎B層=小泉純一郎政権期に郵政民営化をめぐって流失した、広告会社作成の資料における「B層」(「IQが比較的低くかつ小泉構造改革をなんとなく支持する層」と定義された)という概念と、「人口の最大のボリュームゾーンであるB層の心を掴め」というアドバイスはこの世界観(ごく少数の支配エリートと大多数の愚民という人口構成でよいではないか、という考え方)を例証しています。