雨宮処凛の「世直し随想」

               「なぜ」を求めて


 「世の中を変えたい」

 おそらく多くの人が思ったことがあるはずだ。私も理不尽への憤りから、16年間、「反貧困」の運動を続けている。が、周りの人々の政治への関心が高いかと言えば、答えはノーだ。

 しかし、若者が政治に熱かった季節がある。

 6月18日、そんな「政治の季節」に若者時代を過ごした人々の集会に私は登壇した。「あさま山荘事件から50年 シンポジウム 多様な視点から考える連合赤軍」だ。

 今から半世紀前、「革命戦士」になるために「山岳ベース」に集った若者たちが「総括」という名の集団リンチによって12人の同志を殺害した事件。その後、「あさま山荘」にたどり着いた連合赤軍の5人が10日間にわたって警察と銃撃戦を繰り広げ、逮捕。事件後に発覚した「仲間殺し」に世間はドン引きした。

 事件が起きたころ、私はまだ生まれていない。しかし、この事件には並々ならぬ関心を抱いてきた。なぜ「革命」などの「大きな物語」を信じることができたのか。そしてなぜ、若者たちは「暴走」したのか。なぜ、同じ場にいた若者たちの生死が分かれたのか。

 こうした集会にはこれまでも登壇してきたが、「元兵士」の登壇者は過去最少の2人。高齢化に伴い参加できない人が増えてきた。集会自体、これが最後になるかもしれないという。

 そんな「元兵士」と語るため、私とともに登壇したのは映画監督の森達也さんと漫画家の山本直樹さん。「主語が複数になると述語が暴走する」という森さんの言葉が、今も耳に残っている。