北 健一 「経済ニュースの裏側」


働く人々の闘いがつくる公共財

 

 「お前はもういらない」。そう言わんばかりの解雇は誇りを砕き尊厳を傷つける。労働者はだから、解雇規制のルールがない昔から闘ってきた。

 人が歩いて道ができたように、たくさんの闘いが判例法理(解雇権乱用法理)に、そして法律の条文に結晶した。働く場での安心を支えるルールは一種の公共財といえる。

 被解雇者の歩みや内面を研究してきた川口短期大学の平澤純子教授は、「公共財である判例」を生み出す費用を被解雇者だけが負担するのは不合理だと考えていた。みんなに役立つものなのに、一部の人だけ負担を背負うのは変ではないか、というのだ。

 被解雇者と会い、話を聞く中で、気づいたことがあった。「お会いした当事者の方々は、コストを回避するどころか、むしろ(裁判の成果が他の労働者に)フリーライド(ただ乗り)されることを自ら欲しているようで、すごく衝撃を受けました」

 NECディスプレイソリューションズ解雇争議の伊草貴大さんは、平澤さんの話を聞いてこう語った。

 「争議では、縁もゆかりもない人に支えられた。だから今度は、自分が支えたい」

 長すぎた新自由主義の下、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の空気がこの国に広がる。だが真逆の思いに支えられ、一人の尊厳、みんなの利益を守る努力も絶えたことはない。

 労働争議だけではない。私たちが働き暮らす場には、利他の精神も助け合いの歴史も息づいている。約8年半に及んだこの連載で考えてきたのもそのことだった。

 伝えるべきは「今だけ、カネだけ、自分だけ」ではない。歴史の中に今があり、社会の中で私は生き、公共を基盤に利益(カネ)が生まれる。その連関と現場の課題、人々の努力と声に、もっと目を凝らし、耳を澄ませてみよう。

 思いがけず東京都労働委員会の労働者委員になって7カ月。労働委員会制度も労使関係も大切な公共財だと痛感しながら、さまざまな〃顔〃をした争議の解決に取り組んでいる。

 晴れた日、都労委の審問室がある都庁のフロアからは富士山の雄姿が臨める。奥秩父や丹沢の山並みも。つらく厳しい争議が晴れやかな解決の日を迎えられるよう、研さんを積みながら頑張りたい。長らくのご愛読ありがとうございました。また、どこかで。

           (北健一さんの連載は今月で終了します。編集委員会)